はつのちょうせん

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 いくら旅先の土地であり、生まれ育った場所でもなく、さらに定住する気がなくとも、ずっとうろついていると、自然と土地勘を得てしまうものである。

 今日も竜を払う、依頼を受けた。

 旅をしているのに、この土地で竜払いの依頼を連続でこなし過ぎているため、目的地へなかなか近づかない。むしろ、遠ざかっている。

 そして、慣れはとは恐しい。着実に、人の意思を蝕む、変色させる。これが旅の最中だということを、だんだん忘れさせる。

 いや、それはそれとして、依頼は依頼である。今日も依頼を受け、竜が現れた場所へ向かう。

 で、現場に着き、竜を払った。

 竜を空へ還す。

 剣を背中の鞘へ納め、町へ戻ることにした。

 はじめは、このあたりも見知らぬ土地だった。けれど、いまや、どこがどうなっているか、わかってきた。頭の中に地図が出来ている感覚である。

 竜を払いに向かうときは、道通りに向かった。

 けれど、いまは頭に地図がある。で、もしかして、こちらの方がかなりの近道になるのではないかと思い、道から外れて歩いてみることにした。

 野原を進み、林をかわす。

 そのまま、ずんずんと歩き続けた。

 すると、ちょっとした崖に出た、下には川が流れている。崖の向こうには目的地の町も見えた。さほど高い崖でもない、大人が縦にひとりぐらいの高さの崖だった。手前の崖から向こうの崖までは、運動神経のよさそうな人間が全力で走って、飛んで、ぎりぎり、届かなそうな絶妙な距離である。

 左右を見る。近くに橋はなかった。

 そういえば、来る時に、小さな橋を渡った。

 あの橋の下を流れていた同じ川らしい。きっとこっちが川上だった。この崖を飛んで渡った方が、町への近道にはまちがいないが、飛んで渡るには、高い勇気の消費を求められる。

 どうしたものか。

 と思っていると、それを見つけた。

『ご自由に、お使いください』

 と、書いてある、看板だった。

 さらに看板のそばに円錐状の木の筒がある。そこに細く長い木の棒が数本さしてあった。棒は、おおよそ、おれの身長の二倍の長さの棒である。

 ご自由に、お使いください。

 長い棒。

 看板をよく見ると、文面の後半に『とはいえ、自由は自己責任とともに』とも書かれている。

 崖、川、長い棒。

 自由に使っていい、棒。

 もしかして、あれだろうか。

 想像するに、この棒を両手で持ち、走って、ここだという瞬間、川底へ棒を突き立て、崖から飛んで、棒の安定を頼りに、向こうの崖へ、びよん、と渡れと。

 そのための、棒、なのか。

 奇怪過ぎる気遣いである。で、よく見ると、同じような看板と棒が向こうの崖にも設置してある。

 つまり、この地域では、よくやることなのか。

 けれど、やったことがない。

 どうしたものか。

 その場に立って思案しているときだった。崖の向こうから、巨大な荷物を背負った、白髪の女性がゆっくりと歩いてきた。おそらく、八十歳を越えている、全体的に、丸みのある人だった。

 彼女は向こうの崖際まで来た。で、看板のそばに立ててある、棒の前を見る。そして、棒を選び出した。

 飛ぶのか、彼女は。注目して待っていると、彼女は棒を一本、そこから抜き取り、崖を見据えた。

 おれは息を飲んだ。

 彼女は、手にした棒を。

 崖と、崖の間へかけた。

 それから、細い棒の上を器用に歩き出す。

 綱渡り。

 そういう、使い方だったのか、この棒は。

 想像していていたのと、ぜんぜん違った。渡る、そのまま棒の上を渡って使うのか。

 彼女はそのまま細い棒の上を渡り切きり、こちらの崖まで来た、見事な安定感である。

 おれは衝撃を受けつつ、彼女へ訊ねた。

「ここ、そうやって渡るんですね」

 老婆は答えた。「いや、今日はじめてやった」

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