みにうろおぼえ
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
蛇いちごについて、真剣に考えたことのない生涯が、いま終わった。
竜を払い終え、剣を背中から外して野原に一本だけ生えた木の木陰へ腰を下ろし、休息をとりつつ、じっと地面を見つめていた。
地面に、蛇いちごが生えている。
天気は快晴であった。青い空に、白い雲が浮かんでいる。風が吹き、涼しい。
個人的に、こういう世界に余裕がある日に余計なことを考えると、ひどくはかどる場合が多い。求めてない思考の生産効率があがってしまう。
そして、いま、腰をおろした場所に、ぴよん、と蛇いちごの実がなっていた。人差し指の先くらいの大きさで、赤い粒の集合体の実である。
おれの生まれ育った土地では、この実にことを、蛇いちご、と呼んでいた。きっと、正式名称がある植物なのだろうが、それは知らない。知るきっかけを得えずに、いままでやってきた。
で、おれはその実を見つける度に、あ、蛇いちごだ、と思って生きて来た。
ではなぜ、この実を、蛇いちご、と呼ぶ。
おそらく、この疑問は、人の長い歴史の中で、ありとあらゆる者たちが、すでに抱いた疑問だった。もはや、こすりあげ果てた疑問で、かくじつに、いまさらである。
とはいえ、こういう考え方も出来る。
ついに、おれが考える順番がやってきたのだと。その時が、来たのだと。
蛇いちご。
蛇がいそうな場所に生息しているから、そう呼んだのか。
だとすると、蛇のいそうな場所いる犬はどうなる。その方程式に当てはめると、蛇犬になってしまう。合体生命体の誕生のようになってしまう。
いや、蛇が食べるいちごだからか。
だとすると、蛇が犬を食べようとした場合も、蛇犬になってしまう。合体生命体の誕生のようになってしまう。
かりに、蛇いちごを人が食べた場合、蛇いちご人になるのか。
蛇いちご人。
いや、ちがうな、蛇いちごを食べる人なので、人蛇いちごか。
けれど、どうだ。もしも、その蛇いちごを食べようとした人を、食べようとする蛇がいたとしたら。
蛇人蛇いちご、になるのか。
ああ。
これは、なかなか情報を欲張り過ぎ感がある。若年層の人間が、安直に人々から注目を浴びようと狙い、言い出してそうなことである。
その手にのるものか。
考えたが、決して口にはすまい。
そういえば、蛇いちごを口にしたことがない。野いちごは、食べたことがあるが。
いや、まて、蛇いちごは、野いちごの一種なのではないか。
と、思い、おれは地面に実った蛇いちごをみる。赤い粒の集合体の実。
そもそも、きみは、蛇いちごなのか。
疑惑が持ち上がる。疑惑を一方的につきつけているのは、むろん、おれである。
空を見る。いつの間にか曇っていた。雨がふりそうである。
すると、次に、鋭く、つよい風が吹いた。で、地面を見ると、赤い実が消えている。
もしかして、風にもぎとられて、実がどこかへ。
あるいは、蛇いちごなんて、はじめからなかったのかもしれない。
「………」
疲れのためか、実のないことを想うばかりさ。
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