それがもとのばしょだったとしたら
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
次から次に竜払いの依頼が来る、途絶えることがない。
以前いた大陸では、大陸全体で竜払いたちと、その依頼を管理することを担う竜払い協会という組織があった。そこに所属していため、ほどよい間隔で竜払いを行って来た。
けれど、いまは別の大陸、で、いわば無所属の竜払いである。ゆえに、どんどん、依頼が来る、とめどなく来る。あふれ出る、涙のように、来る。
現在、わけあって、この土地では竜払いの数が不足している。おれへ集中する依頼数は、その影響以外のなにもでもない。
そもそも、この土地にも、竜払い協会のような仕組みはないのだろうか。いまさら気になってきた。
いずれにしろ、人は竜が近くにいると恐くて夜眠れなくなる。竜が現れたとなると、払うしかなかった。二件目の依頼もとへ向かう。
到着すると、そこは屋敷、とはいわないまでも、大きな一軒家だった。
家の庭先には熊ほどの大きさの竜がいた。依頼主は五十代ほどの上品な服装のご婦人である。両腕には、ぬいぐるみみたいな茶色の犬を腕に抱いていた。犬は竜の出現のせいか、ずっと、ぷるぷる震えている。
おれは背中に背負った剣へ手をかけた。鞘から抜いて素振りをした。その振りの出来で、疲れはあるが、問題はないことを確認する。
それから庭先に鎮座する竜へ向かった。
やがて、竜を払い終える。
空へ還す。
ご婦人はその様子を家の中から見ていたらしく、ぷるぷる犬を腕に出したまま、庭先へ出て来た。
「ありがとうございましたぁ、ふふ」礼を言い、上品に笑う。それから続けた。「あの竜、うちの庭へ飛んで来たとき、家の壁に一度、ぐどーん、ぶつかったんですのよ」
それを話し、彼女は視線を家の壁へ向けた。つられて視線を運ぶと、たしかに、壁の一部がへこんでいる。
「家は壊れませんでした、けどね、そのせいでね、ふふ、家の中がもう、ふふ、物が落ちて、散乱、ですの」言って、ぷるぷる犬へ「ねー」と、声をかける。
犬はぷるぷるするばかりである。
竜はいないのに、まだ、ぷるぷるしているということは、もとよりそういう生き様の犬だったらしい。
「あのね、ぜひ、お礼にお茶でも差し上げたいの、でもね、ふふ、家の中が、もう、わーわーで、ふふ、それに家族もみんな、いまちょーど、出払ってまして、お片付けもままらず、こーんな状態の家に、お招きしては、むしろ、失礼になるんじゃないか、って、ねー」
「そんなにですか」と、おれはいって、少し考えてから「片付け、手伝いましょうか」と、申し出た。
「まあ」と、彼女はいって「ふふ」と笑った。
その反応は申し入れを許諾だったらしい。わかりにくかった。
で、おれは家の中へ通される。たしかに、竜が家の外壁にぶつかったせいで、さまざまなものが床に落ちていた。なかでも、いちばん被害が大きかったのは大広間である。もともと壁には、たくさんの肖像画がかけられていたらしい。それがすべて床に落ちていた。肖像画で足の踏み場もない。
「ぜんぶ、うちの家族の肖像画ですの、ふふ」
ぷるぷる犬をさすりながら教えてくれた。
「夫、息子、娘たち、それから義母ですの、ふふ、肖像画を描いてもらうのが、我が家の習慣ですの」
なるほど。
とりあえず、この床に落ちた肖像画を壁へ掛け直さなければ、空間の自由は得られない。
そこで、おれはまず、いちばん近くに落ちていた肖像画を拾った。娘さんらしき人が描かれている。
「これは、どこに壁に掛けますか」
「ふふ、それは上の娘です、でも、ちょっと若いときの絵です。あ、ふふ、じゃなくって、絵の場所ですね、それは、こちらの壁にお願いできますか」
指示され、おれは絵を壁にかけた。そして、次の絵を拾う。
「この絵は」
ぷるぷる犬の描かれた絵を掲げてします。
「ふふ、かわいいでしょー、その絵は、ここで」
「この絵は」
「息子ですの、ふふ、その絵はー、ここ、ねー」
「この絵は」
「その絵はそのまま床で」
「この絵は」
「ふふ、二番目の娘であ。それは、ここの壁でお願いします」
「この絵は」
「その絵も床がお似合いだ」
「この絵は」
「ああー、もう、これ、若い頃の、わ、た、し、ふふ、そこの壁ぃ、ね」
やがて、落ちていた絵はすべて配置を完了した。
彼女は「これですっかり元通り!」と、歓喜した。「これが、わたしのかぞく!」
で、おれは彼女へ一礼して、家を後にした。
疲れているので、いろいろ考えないようにして遠ざかった。
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