しゅじんこうのしまつや
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
主人公の始末屋のことは噂で聞いたことがある。
実際、その仕事ぶりを、何度か目にしたことがある。ああ、奴の仕事だと、すぐにわかるときがある。この始末のつけ方は、奴にちがいないと。最後はどれもすべて、ひどいことになっていた。
その日も、竜を払う依頼を受けた。人里離れたとある家に住む男からの依頼だった。屋根の上に竜が現れ、恐いので追い払ってほしいという。同日、すでに別の依頼が入っていたため、すぐにはいけなかった。夕方の空色も濃くなった頃、依頼もとの家へ向かった。到着してみると、家はかなり大きかった。事前に聞いた話では、依頼主はここにひとりで住んでいるらしい。扉を叩く。開いて出迎えたのは四十代中盤あたりの男性だった、蓬髪に、口回りに髭を生やしている。身体の線は細く、竜の出現のせいか否か、ひどく疲弊しているようで、生気が薄い。
出迎えた男性と少し話し、おれは屋根と夜空を見上げた、竜を感じた。
屋根の家にいた南瓜ほどの大きさの竜を払い終えると、すっかり夜になっていた。竜がいなくなり、依頼主の男は、ほっとしていたが、それでも生気を取り戻した様子はなかった。疲弊が継続されている。
ふと、雨が降り始めた。はじめのひとしずくが頬に落ちると、またたく間に大雨になった。
すると、男はこちらへいった。
「あの…、もしよろしければ、この雨ですし、夜も遅いですし、泊まっていきませんか? 部屋はあいていますから」
宿泊の申し出だった。おれも疲れていた、ありがたいところではある。ただ、気になるのは、男の様子だった。不安定な感じがある。
おれは率直に訊ねた。「なにか、あるのですか、この夜に」
訊ねると男は「いえ、じつは」と、まるで聞き返してほしかったという様子で答えた。「ぼくは依頼してしまったのです」
わざと気になる言い方をしたのか、不明である。いずれにしろ、そのまま聞くしかない。
で、彼はいった。
「わたしは、小説家でして」
「小説家」
小説はおれもよく読む。そして、これまで竜払い依頼を通し、作家という人には何人か会ったことがある。
けれど、なるほど、人里離れたこの家に、身体の線の細い男が独りで住んでいる。自然素材を相手どるような生業ではなかろうとは予想していたが、小説家か。
流れに身を任せ、おれは家の中へ入り、話の続きを聞くため食台に座した。彼の手元には、書いている原稿の束があった。
ほかほかと、湯気のゆらめくお茶を飲みながら聞く。
そして、その話の要点を個人的に、はしょって、編集して、説明するに、どうやら、彼はいま書いている小説が頁数の関係で、もう終わらなければならないにもかかわらず、終わり方が見えてこないらしい。
「もう」と、彼はいった。「こういう場合、主人公を始末して終わらせる、それしかないんです」
と、痛切な様子で彼は言う。
そうか、それしかないのか。
読んでないから、どうとも言えないが、そういうものか。
「でも! ながい時間をかけて書いた物語なんですよ! 主人公にも愛着があるし、ぼくには!」と、いって彼は、食台を両手で叩く。「ぼくには、あいつを始末することなんてできない!」
やはり、読んでいないとので、なんともいえないが、自分の生み出した登場人物に強く愛着があることがわかった。
「だから、依頼したんです、ぼくは」
「依頼」
「主人公の始末屋に依頼しました」
主人公の始末屋。
噂には聞いたことがある、そいつはまさか。
いっぽう、外に降る雨は、強さを増していた、雷も鳴っている。
とたん、玄関の扉が叩かれた。おれと彼は同時にそちらを見る。
やがて扉が開かれる。すると、二十歳ほどの全身白い服の男が手に鞄を持って立っていた。
そいつは、雨が降り、雷が鳴る夜を背景に、にやりと笑った。
「はーい、こんばんはー」そして、明るい口調であいさつしてくる。「あ、依頼を受けました、ええーっと、たしか主人公の始末ですね? はーい、あ、これが原稿ですか、では、さっそく、始末しましょーかねえー」
鞄を置き、軽快に原稿へ目を通す。そうして、すぐに鞄から筆を取り出し、書き込み始めた。
「はーい、始末しましたよー」
早い。
かるい。
始末しましたよー、発言。
そして、その軽さと組み合わせて発言だけ切り取れば、ただ恐い。
「ええっとですねー、主人公の方ですね、食中毒の方で、始末しときましたから。はい、あの、馬がですね、一回かじった麵麭をですね、主人公が拾って食べたのが原因ということでね、はい、あ、ではー、またよろしくおねがいしまーす」
と、いって彼は筆を鞄の中へ素早く片付け、夜、強い雨と雷のなかへ消えいった。
いっぽうで、男は原稿を読み直し、やがて疲弊した表情でいった。
「やっぱり、ぼくが始末します……」
ぼくが始末します、発言。
その表情と組み合わせて発言だけ切り取れば、ただ恐い。
そして、おれが言えることはひとつだった。
「おれを奇怪な体験に、まきこむな、始末に困る」
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