かんぱいのがれ
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
屋敷内に出現した竜を払ったお礼に、夕食へ招待された。ちなみに、払った竜は、椅子ぐらいの大きさである。
剣で払い、空へ飛ばして還す。
依頼主の屋敷は、広大な敷地に孤島のように建っていた。豪奢なつくりの屋敷である。
「旦那さまはー、ですね」白髪を刈り込んだ使用人の男性は屋敷の中を案内しながら語った。「建築材の生産事業により、一代で、ここまでのお屋敷を建てたのです、はい」
説明しつつ、おれを夕食の席へ案内する。通された部屋は、豪奢な屋敷の外観にふさわしく、豪奢な食卓だった、長方形で、長く、左右に七人ずつ椅子がある。壁の両端には使用人がそれぞれひとりずつ立っていた。並べられた食器も煌びやかである、
その長方形の先端に、屋敷の主人である男性が縦長の背もたれのついた椅子に、ひとりで座っていた。七十代後半くらいで、鋭い襟のついた黒い背広を着ている。その襟の鋭さに比例して、眼光もまた鋭い。
彼がこの屋敷の主であることが、一目で認識できた。
使用人の男性が「どうぞ、おかけください」
と椅子を後ろにひいた。おれは、剣を背中から外しつつ、椅子へ腰を下ろす。
食卓には屋敷の主と、おれ以外、座る者がいなかった。
屋敷の主は、食卓のみならず、空間のすべてを見渡せる席に座したまま動かない。
主の彼と、おれはお互い食卓の末端に位置するので、そこそこに距離があった。そして、主の彼は言葉を発さない。
そのまま、沈黙の間が流れる。
会話をした方がいいのか。席は空いているし、そのうちに、他の誰かが座る可能性もある。けれど、いまは鋭い眼光で、鋭い岩にようにそこに座す、主の彼しかいない。
ここは社交性を発揮すべきか。とはいえ、この席から、主の彼の席までは、なかなか距離である。それなりの大きさの声で呼びかけなければ聞こえないだろう。では、それはどれくらいの声の音量だ。小さすぎるといけないし、大きすぎると動物みたいになってしまう。
いや、人間もまた動物。
という、雑な理論で乗り越えられないのが、社交性である。
とにかく適切な声量で、話かけなければ。いや、声量もそうだが、まずは、あいさつか。
そう思い、相手を視察する。主の彼は、こちらを見ていた。眼光が鋭く、まるで、ここのあたりのない親族の仇として見られている気分である。
すると、彼は、かすかに顔を伏せた。
「こうして、誰かと食事するのは五十年ぶりだ」
不意打ちで、かなりの攻撃力を有した話をされた。
そして、なぜ、五十年ぶりのそれを、おれでやる。
けれど、とりあえず、これを会話の糸口として、流用しよう。おれは「五十年前は、誰と一緒に」と、訊ねた。
「いぬ」
と、彼は答える。
にんげんでは、ないのか。
やりづらさが加速する中、彼は葡萄酒を手にとり、虚空に掲げて「かんぱい」と、いった。
おれは「わん」と応じた。
いぬにんげん、で、いくしかねぇ、ここは。
少なくとも、なにひとつ乾杯でもないし、完全に負けるつもりもない。
やがて料理が運ばれて来ると、一口食べて、おれは「おいしい、わん」とも言った。さらに「水ください、わん」と。
こうして、なにかに戦いを仕掛け、おれは負けないようにした。
屋敷を出るとき、おれは最後に「わん」と言った。
すると、屋敷の主も「わん」と、言った。
よし。
引き分けだ、わん。
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