はなしごえている
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
わけあって、この土地ではいま竜を追い払う竜払いという者たちが不足している。
竜はどこへでも現れるし、人は竜が恐い。近くにいると、生活できない。そのため、手隙の竜払い争奪戦が起こっていた。
その日も、午前中に竜を一頭払った。それから町へ戻り、食堂に入った、昼食である…料理を頼み、席に座って待っているときだった。食堂へ、二十歳ぐらいの女性が、どたばたと、音をたてながら店内へ駆け込んできた。金髪で、どこか少年感のある顔立ちである、寝ぐせなのか作意なのか、髪が前方に跳ねていた。
彼女は店員へ「あ、ごめんください、あのー、いまここ竜払いの人がいるって聞いたんですけど!」と、そこそこの声量で迫った。
店員は黙っておれの方を指さす。個人情報を、あっけなく、提供である。
で、少年感のあるその女性は、おれの席まで駆け込んで来た。
「あの、依頼したいです!」
竜払いの依頼をして来る。
「うちの庭先に、うちのお母さんぐらいの大きさの竜が現れて!」といわれた。
竜の大きさの説明としては反応に困難をともなうものだった。とはいえ、竜が現れたのはまちがいない。
さらに聞けば、彼女の家はここから近いという。
そこでおれは頼んだ食事を食べ終わったら、そちらの家へうかがうと答えた。
「食べたら、すぐに」
そう補足すると、彼女は納得した。家の場所をおれへ伝えると「あの、わたし、さきに家へ戻って、父に竜払いさんが来ること伝えてきますね!」と、いって、どたばたと、店から駆けて走り去った。
ほどなくして、料理が運ばれて来た。麺料理である。塩味だという。
基本的に、味はなかった。
ただ、空腹を相手取っただけの食事を終え、おれは剣を背負い、彼女に教えてもらった家へ向かった。
家は、このあたりでよく見かけ風合いの石積み造りの一階建てである、庭にはささやな花壇があった。
竜は花壇のそばにいた。休息する白鳥のように、長い首を胴へ添え、まるまっていた。
彼女の母親は、あのくらいの大きさ。
などと、思いつつ、玄関へ向かう。
玄関先に立つ。
すると、閉められた扉の向こうから、話し声が聞こえて来た。
「だいだいなぁ! そんな奴信じられるもんか!」男性の声だった。「どこの誰かわからん竜払いなんぞに依頼して!」
怒気ほどではないが、激しい口調だった。
しかも、きっとおれのことだった。
「お父さん!」と、女性の声が聞こえた。あの女性だ。「そんなことないって! あの人はそんな人じゃないから!」
おれを擁護しているらしい。
「黙れ、お前はまだ世間を知らぬわいんどわぁ!」
お父さん、知らぬわいんどわぁ、と言ってしまっているぞ。
そして、けっこうな興奮状態である。
で、お父さんが言う。「い、いいか、そ、そいつはな、ま、まちがいなく、あれだあれ! 騙しだ、騙し屋なんだ! 騙し屋さんで、で、で」
騙し屋さん、って、なんだろう。
それはお父さんの創造した、架空の新規事業だろうか。
「あ、あの、竜だって、ろくに払えやしないんだ! で、そ、そのくせ、追加料金だとか、ああだとか、なんとかいって余計に請求してくるんだよ! んん、んで、てめぇ、さいごは、この家までもってかれちまうんだ!」
なんか、すごい飛躍したぞ、話が。
「そんなことないよ!」娘さんが叫ぶ。「たぶん!」
たぶん、だと、援軍の言葉として、弱いな。
可能であれば、なんかもっと、こー、しっかりとした援軍で来てくれ。
「ままま、ま、まさか、おまえ、そ、そいつと! そいつとぉ!」
そして、お父さんはより猛った。
おれは玄関の戸を叩く前に、背負った剣の柄を手にした。
庭へ向かい、悪戦苦闘の末、そこいた竜を払った。
竜は翼を広げて飛んでゆく。
空へ還す。
その後で、玄関の戸を叩く。
すると、彼女が戸をあけた。
で、彼女はいった。
「わー、ごめんなさい! あのね、竜払いさん、なんかね、いま庭を見たらいつの間にか竜がいなくなったので、依頼、無しで、取り下げで」
片目をつぶってそう言って来た。見ると、家の中で父親らしき男性があさっての方向へ顔を向けている。じつに、素知らぬ感じで。
そうか。
これが、騙し屋か、父さん。
「じゃ、依頼料を」
むろん、騙されるものか。
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