うつしみび

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 焚火を眺めていると、思い出す話がある。あまり、思い出して気分が優れるような話でもない。けれども、思い出す。

 今日は鬱蒼とした森の中に現れた竜を払ってほしいという依頼だった。

 竜が現れたあたりには人が暮らしていない、けれど、竜に怯えて、森に暮らす、狼たちが恐怖から大量に逃れ、そのまま人と遭遇し、やっかいな状況になる可能性も充分にあった。

 依頼を受けて、森へ入った。それが昼過ぎ頃だった。竜を払うに手間取り、すっかり夜になってしまった。見知らぬ森の中を引き返すには、月明かりもひどく乏しい夜だった。

 食料は所持していたので、今夜は森で野宿することにした。野宿といっても、狼をはじくため、一晩中、火を焚き続けることになる。眠ることはなかった。

 竜は手ごわかったし、疲労は濃かった。眠いは眠い。鞘におさめた剣をついたて側にして、炎をみつめ続ける。

 それで、思い出す。

 焚火をしていると、現れるという、その男の話を。

 もっとも、百年前に話だった。おれが生たれ育った場所でよくされていた逸話というべきか。

 たとえば、夜、こうして、人里から遠く離れた場所で、ひとりで焚火をしている。すると、どこからか、一人の男が現れる。その男は、顔色が悪い、ひどく血の気に乏しい。襤褸の外套で身を包み、つねに笑顔だが、見る者を落ち着かせない笑顔をしている。

 そいつは焚火をしているところへ、ふらりと、現れる。年老いた男で、身体が冷えているんだ、炎をわけてもらっていいか、と妙な頼み方をしてくる。

 断れない。けれど、たいていは断れない。そいつに対する畏怖があって、断る勇気が働かない。

 けれど、なかには、失せろといえる者もいるだろう。

 いっぽうで、こころよく、どうぞ、火にあたってください、という者もいる。

 焚火の主の心境はどうあれ、そいつは、腰をおろし、炎に手をあてる。夜ははじまったばかりで、朝までは時間がかかる。

 やがて、そいつから名前を聞かれる。答えたり、答えなかったりするだろう。

 こちらからも、そいつへ名前を訊ねる。そいつは名前を答えてくれる。ノームク、と。

 ノームクは、焚火の主へ問いかける。なぜ、ここにいると。

 答え方は、焚火の主しだいだった。短く経緯を話したり、長い経緯を話したり。

 ノームクはずっと笑顔で聞いている。

 かりに、焚火の主からもノームクへ訊ねる。そっちは、と。

 向こうは、笑顔で言う。夜は長い、少しずつ話、少しずつわかるようになる。

 意味がわかるような、わからないような回答がなされる。

 やがてノームクは話す。どう考えても、それは話す者自身が生まれる遥か昔の話で、ある男の生涯の話だった。その男は、希望と野望が混ざった心があって、生まれ育った町を出た。目的地へ向かい、旅をしていた。

 ある夜、野宿をすることになった。ひとりで火を起こし、焚火をする。すると、その夜、焚火の前に、一匹の狼が現れた。長い間、凝視された。その毛並みの良さにひかれ、やがて、旅する男は所持していた短剣で、その狼を仕留めた。

 翌日から、男はその狼のことばかり考えるようになった。けれど、数日経つと、まったく考えなくなった。

 そして、その夜も野宿することになった。焚火を起こし、その前に座っていた。

 すると、そこへ、火にあたらせてくれと、ひとりの男が現れる。それは、正体を隠した山賊だった。そうとも知らず、旅する男は自身の今日までの人生を物語にし、山賊へ話してきかせた。けれど、朝が来る前に男は山賊に襲われた。短剣は持っていたが、その素人の刃が通じる相手ではなかった。

 山賊は旅する男からすべてを奪った。その旅を終わらせた。その数日後、山賊はある違和感に包まれた。それは自分のなかに、まるで、ふたりぶんの人生が入っている、そんな奇妙な感覚だった。そして、日に日に、もとの自分が減り、それを浸食するように、炎の向こうで語られた話が、自分の中で固まってゆく。そうして、精神的な整合性がとれなくなってゆく。

 やがて、山賊の中から自分が消えている。すっかり襲った相手に中身が入れ替わっていた。

 入れ替わりが完了した男は、自身の人生を続けた。そして時間が経ち、老いていった。

 そうして、ある夜、男は人里から離れた場所で、ひとりで焚火をした。良き、身なりで金品を所持して、ただ、炎の前に座っていた。

 毎晩、幾年月と過ぎることなく、炎を目印に近寄って来た山賊に襲撃された。

 襲撃者はすべてを奪った。すると、数日後、ふと、その襲撃者も、まるで、ふたりぶんの人生は入って いるような感覚が訪れる。

 そしてもとの襲撃者の中身は消えていた。上書きがされる。

 と。

 ノームクは、そんな話をする。

 そして、これは自分の話であると話す。こうして、数えきれないほど、他者の炎に近づき、これを繰り返して来たと。

 そんな話を聞かされた者の心境は、想像するだけで気が滅入りそうだった。けれど、この話には先がある。

 ノームクは、ただし、と、話に仕切りを入れる。記憶は必ずしも、襲われた側の浸食の勝利で終わるわけではない。一度は相手に入るも、負けて、消滅することもある。

 そう説明した上で、ノームクは襤褸の外套の下から袋を取り出す。中身は宝石や金だった。

 そして、ノームクは問いかける。

 さあ、どうする。

 と。

 その話を思い出す。

 ある考えでは、この話を気にして、夜、焚火なしで、野宿させることで、山賊が襲撃しやすくさせるためだとか。けっこう、無理がある気もする。

 そして、おれが子どもの頃考えたのは、その焚火はそのまま相手にゆずり、別の場所で新しい炎をつくることだった。

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