おなじひとのうたがい

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 とある夫妻が営む、葡萄園に竜が現れた。依頼を受け、その夫の案内で竜を払いへ向かった。

 真昼の葡萄園を行く。

 土地が広いため、依頼主夫妻の夫は「農園は広いですから、葡萄いりくんでおりますから、案内しますよ」と、いった。

 齢は三十歳前後か、くせのある髪の毛が、どこか葡萄の房みたいになっている男性である。葡萄農園を営む人には、ふしぎと多い髪型である。

 案内について、ほんとうのところは、竜を払う際、葡萄が傷つけられないかが不安ゆえとみえる。そういう依頼人はよくいる。

 にしても、あいかわず、このあたりの土地は竜払いが不足していた。不足する前には、むしろ、過分に竜払いの数がいたほどで、そのため、依頼料金も価格競争がはたらき、やすく、竜払いの依頼が出来たらしい。

 けれど、いまは竜払いの数が足りない。ゆえに、たとえ依頼できる状態の竜払いをみつけても、依頼料が高騰している傾向がある。

 おれはこの土地の竜払いではないし、くわしい事情を知らない。だから、価格高騰前、かつ、このあたりのもとの相場よりやや安価な料金で依頼を受けていた。心意気ではなく、あくまで無知で受けたかたちだった。

 よそ者が、安く依頼を受けることを、他の竜払いがどう思っているのだろうか。けれど、竜払いが不足しているためか、他の竜払いと遭遇しないので、依頼料金について、どう思っているのかを確認できない日々が続いていた。

 で、それはそれとして、依頼主夫妻の夫、彼の案内で、竜を払いに向かう。竜は農園の真ん中にいた。全身が木目、みたいになった、ずんどう鍋ほどの大きさの竜だった。

 彼にさがってもらう。

 竜を払いに掛かる。

 やがて、竜を空へ還した。

 葡萄への被害は最小限にとどめた。彼は、笑顔を見せ「ありがとうございます! あ、ぜひ、葡萄酒を飲んでいってください!」と、いった。

 そして、彼の自宅へと向かい、到着を果たす。

「さあ、どうぞぉ」彼が軽快に扉をあけ、けれど、すぐに彼は「なんだ」と、声を漏らした。

 見ると、食台の上へ白い紙で書置きがある。

 ふたりして文面へ視線を落とした。

『探さないでください、妻より』

 簡素にして、そこそこ衝撃的な書置きだった。家出で宣言である。

「あ、あいつめぇぅ!」とたん、彼は激高した。「こ、こんな、わざわざ来客があるときにっ、あえて! あえて、しかけてくるつー! そういう、そういう、人のことをもてあそぶ感じがっ、感じが俺はぁぁ! あ、あいつはそういう裏のある人間なんですよぉ!」

 書置きに向かって、大きな声を出し、地団太をしだす。

 そして、来客としてのいまのおれの居心地は、最悪である。まだ、なまずがいる泥沼で泳いでいた方が気が楽だった。

 彼の方は頭をかきむしり、落ち着きが零である。あまりに激しく頭をかくので、葡萄の房みたいな髪がもげるのではないかと思ってしまった。

 おれは何げなく、書面を手にとった。『探さないでください、妻より』と書いてある。けれど、裏にも何か書いてあった。

 地図である。そして、とある場所に、赤丸で覆ってあった。

 探せるようになっているのか、この書置きは。

 おれは、深く考えるのは中止して、彼へ「あの」と声をかけ、書面を手渡した。

「ぐあああ!」

 けれど、彼は発狂中だった、渡した書面をばらばらに破いてしまった。そして、椅子に座って、頭を抱え込み、動かなくなる。

 とりあえず、おれは彼が破った書面をあつめ、つなぎ合わせた。地図が再現できると、彼の視覚に入らないように、窓をあけて、外へ出た。

 やがて、地図にあった町の酒場まで来た。そこで、葡萄の房みたいな髪型の女性がひとり葡萄酒を飲んでいた。

 葡萄みたい髪型のひとが、葡萄酒を。

「あの」と、おれは彼女へ声をかけた。

 彼女が彼の妻だった。やや酔っている。

 少し話した後、彼女がいった。

「わたしは、あの人の極限にあわてんぼうなところが、苦手だわ」

 憂いある瞳で語る。

 やがて、おれは少し間をあけてから聞いた。

「その髪型は、だんなさんと同じ散髪屋で切ってるんですか」

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