たすけたいぬに
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
その犬は、猫みたいに家の屋根の上で丸まっていた。
大きさは猫よりは少しい大きい、灰色の毛並みである。耳はやや、たれている。
おれは、そいつを見つけ、ああ、屋根の上に猫みたいな感じで待機している犬いるな、などと牧歌的な気持ちで見上げ続けていた。
すると、町に住んでいるらしき、五、六歳くらいの女の子が、こちらへてこてこ歩いて接近して来る。
そして、彼女はおれの横に立つ。
こちらは剣を背負っているというのに、警戒心はない。
彼女は邪気のない様子でいった。
「あれはね、いぬだよ」
あらためて、おしえてくれた。おれが猫だと思っていたからおしえてくれたのかもしれない。
おれは彼女へ「ねこ犬、と呼ぼう」と、そう提案してみた。
直後に「ちょっと、ほら! かってに」と、彼女の母親らしき女性が駆け足でやってきた。そして、おれへ言った。「あ、ごめんね、うちの子がめいわくかけて」
「いいえ、なにも」おれは顔を左右に振った。それから、あらためて屋根の上で丸まった犬を見上げて「いぬですね」と、そう言った。
「はい、あれは迷い犬なんです」
「迷い犬」
「首輪がしてあるのです」
見るとたしかに、犬は首輪をしている。
「三日前から町にいて、地面にいるときに首輪を確認したら、飼い主さんの名前と家の場所も書いてありました」
そう聞かされ、おれは「つまり、迷いねこ犬なんですね」と、造語で対応した。
「はい?」
「いえ、わすれてください」
「はい………ああ、それで飼い主さんは、この町から離れた町の人でした。でも………わたしたちだけで犬を届けに隣の町まで行くことはできないので………」
そう、この大陸は危険がいっぱいだった。町の外には竜がいっぱいる。
そして、もし犬を隣の町まで届けるとなると、竜がたくさんいる真っ平な草原を進む必要があった。そもそも、この大陸では物資を町から町へ運ぶという行為じたいが困難な場所だった。もし、町から町へ移動して、何かを運ぶとなると、竜に対して、それなりの対応できる者でなければならない。
むろん、そういった事情から、この大陸では別の町へ配達を依頼すると、極めて高額な料金が発生する。
自身で届けられない。そして、誰かに依頼するにしても、高額な配達料が必要。
そのとき、ふと、女の子がいった。「いぬ、いえに、かえれないのね、。えいえんに」
えいえんに。
その歳で、どこでそんな言葉を覚えるのだろうか。
で。
そう至った理由は割愛するけど、結末、おれが犬を飼い主まで届けるため、竜がたくさんいる草原を渡ることになった。
犬を運ぶといっても、犬は紐でつないだ状態で、自力歩行である。
町から出発する際、女の子はこちらへこういった。
「いま、かがやいてるよ、きみ」
だから、その歳で、どこでそんな言葉を覚えるのだろうか。その疑問が生産されたものの、とりあえず、こちらからは「きみこそ」と、返しておいた。
その後、出発である。犬の飼い主がいる場所の地図は持った。道はないけど、方向がわかる特殊な磁石も持っているので、あとは竜に気をつけて進むのみである。
手を振る母子へ手を振り返し、町から離れてゆく。やがて、ふたりの姿は小さくなって、見えなくなった。
おれが道が失われた大陸を行く。
どこまで行っても真っ平らな草原で、緑の地面が広がっている。目印になるようなものはなく、町から離れると、さながら、緑色の海を徒歩にて漂流しているような、そんな奇妙な感覚におちいった。
この道が失われた大陸で、物流と情報の伝達を担うのが『五者』と、呼ばれる存在だった。竜をよく知る者たちで構成された配送業者というべき組織、らしい。なかには竜払いも混じっていそうだけど、くわしい実態は知らなかった。遭遇したこともなない。
そして道中、遭遇した。
前方から、まず、それらしき集団が進んでくる姿をを視認した。七台の馬車が列につらなり、その周辺に、数人の者たちが歩いている。あきらかに、馬車への警護の挙動だった。
馬車の幌はすべて赤い。さらに、運搬する者も赤い服を着て、そのうえ馬車を護衛する者たちは、赤い外套を頭から羽織っていた。そちらは武器も携帯しており、目に見えて物々しい。。
その集団の赤さは、この真っ平で、緑色しかない大地には、ひどく不自然な存在感を放っていた。さながら、毒を持った虫が、警戒色を帯びて、手を出すなと伝えている、そんな印象を受ける。
おそらく、あれが『五者』―――と呼ばれる者たちではないか、と思った。
なんというか、竜払いは、なんとなく竜払いがわかる。馬車を護衛している者たちは、どうも竜払いのようだった。それに、馬車には大量の荷物を運んでいる。業者的な物量だった。
とうぜん、遮蔽物のない平原では、こちらの姿も丸見えだった。向こうも、おれには気づいているはず。とはいえ、これといって、やましいことはない。下手に警戒して、迂回や回避をし、妙な警戒をされてもいいことはないだろう。
だから、おれはそのまま、真っすぐに歩いて進んだ。
ほどなくして、集団と至近距離で行き交うことになる。
で、竜払いは、なんとなく竜払いがわかる。
すれ違う際、向こうも、ひとかどの竜払いなら、こちらが竜払いだと悟るはず。
そう思いつつ、おれは犬を紐で誘導しながら進んだ。
集団に最接近した際、馬車の左側を護衛していた男二人がおれの背負った剣を一瞥し、そして、こちら顔を見て、最後に連れていた犬を見た。
ふたりは見ただけで、あとは何事もなく、横を通り過ぎてゆく。
背中でふたりの会話が聞こえて来た。
「あの気の抜けた犬がいなきゃ、まちがえて始末してたな」
「ああ、ま、ここじゃ、たとえ、まちがえても目撃者はないがな」
そして、笑う。まるで日常会話のような口調だった。
そのまま集団は遠ざかる。
どうやら、おれは助けた犬に助けられたらしい。
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