しかももと

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 迷い犬をみつけたので、飼い主へ届けに行った。犬がつけてい首輪に家の場所が書いある。

 やや、ねこみたいな挙動をする犬である。けれど、外貌は、まごうことなき犬なので、安心してほしい。

 いや、安心ってなんだろう。

 そんな自問自答はさておき、やがて、飼い主のいる町へたどり着いた。町というとり、かつて町だった場所だった。

 八年前、竜たちの激高により、町の大半は滅ぼされ、わずかに残ったかつて町の部分を町として、懸命に機能させているようだった。そして、このあたりは、とうもろこしを育てているらしい、畑もかなり広い。

 おれが町に入ると、町の人々は一瞬、ひどく警戒した。まあ、しかたない、おれは町の外部の人間だし、それには竜を払うためとはいえ、剣を背負っている。

 ただ、ぼんやりとした犬を連れていたので、すぐに警戒の大半はとかれた。

 やがて、小さな商店をみつけ、小さな麺麭みたいなものを買い、その流れで女性の店員へ訊ねた。「あの、この家はどこでしょうか」

 迷い犬の届け先の家の場所を。

「それは、教授の家だね」とろんとした目をした四十代くらいの女性だった。彼女は、ゆびさきでこめかみあたりの髪をいじりながら、おしえてくれた。「ズン教授、変わりもんだよ」

 おれは少し間をあけてから「変わっているんですか、その人」と聞き返す。

「変わってる」彼女はいって続けた。「彼は変わってしまっている」

 かさねて、その情報を与えてくる。

「むかし、この町には大きな学校があった」彼女は髪をいじりながら言う。「いま町には学校は無いから、ズン教授は、あだ名」

 おれはなんとなく「ズン教授」と言い放った。

 彼女も「ズン教授」と、言った。それから「教授のズン、でもいい」と、別の言い方を提案してくる。

「教授のズン」

 彼女は「でも、正確には、もと教授のズン」と、いった。「いま学校ないし」

「もと教授のズン」

「だだ、もとズンの教授、ではない」

 なぜか文法を変えて来た。文法を変えて発表した意図はよくわからない、不明である。

 とりあえず、おれは彼女を泳がし「そうか」とだけ返す。

 とりあえず、あとはこのまま、ぬるりと、この会話が終わせよう。

「だってさ、ほら、もとズンの教授だと」けれど、彼女は会話を発展を狙ってきた。「ズンって名前の人を教えていた教授、っていい言い方になるでしょ? それは、ちがうもの」

 彼女はそういい、遠くを見る。

 よくわからない。

 しかたない。ここは多少、強引でも会話を終わらせよう。

 と、思った矢先だった。

「ズンとわたしは夫婦だった」

 直後、予想外の極限みたいな回答を放ってきた。

 聞かされた方が濃厚に困る回答だった。

「昨日、別れた、わたしたち」

 しかも、狂おしいほど新鮮な話なのか、それ。

「ま、あの人、変わり者だからさ、気をつけて、さよなら。あ、出口はしめてね、ぜったいに」

 で、急に向こうの間合いで話を終わらせて来た。彼女はもう別の作業をしている。

 もしかして、ズン教授もこんなふうに、関係を終わらせられたのか、昨日。

 んー。

 やれやれ。

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