ひとつのみち
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
迷い犬を届けるために訪ねたのは、とある教授の家だった。
ズン教授という男性である。なんの教授かは知らない。
玄関先で出迎えた彼は、四十代後半あたりで、白に、かすかに黒が残っているという頭髪だった。きっと部屋着らしい、緑のひと繋ぎの服を着ていた。
彼はこちらが連れた犬を見て「これはまあ、ありがとう、うちの犬を」と、まず感謝を述べた。その後「興味深い」と言った。
興味深い。
って、なんだ。彼の発言に少しひっかかかったものの、おれは「いえ」と、答えた。
「うちの犬がいなくなって、心配していたところです」
彼はそう言い、おれの手から犬を引き取る。犬は、彼の腕の中におさまると、すぐに、暴れ、地面に着地し、そして、どこかへ歩き出す。
「さあ、中に入ってくれ。お茶でも飲んでいってください」
そういい、おれを家の中へ招く。
いっぽう、届けた犬は、ふたたび家から離れて歩き出していた。
迷い犬を届けたら、その犬がすぐに家から離脱したけど、これはいいんだろうか。
と、いう表情をしていると彼が「散歩さ。ああいう犬なんだ、自由を愛している。そして、わたしもあいつの生き方を尊重している、さあ、中へどうぞ」といった。
すなわち、自由を愛したけっか、あの犬は、迷い犬になったのではなかろうか。
愛のすえの、迷子。
いや、まあいい。
とりあえず、おれは背中の剣を外して、鞘を手でもつつ、家の中へ入った。
居間へ通される。家は広いが、つくりはあまいようだった。硝子がはめ込まれていない窓もある。室内には最低限の家具があり、部屋を飾る調度品は乾燥した花がつるしてあるくらいだった。本棚はあるが、本があまりおさまっておらず、すかすかだった。そして、黒板があった。
そう、居間に黒板。
教授、だからかな。
まあいい。
椅子にかけて待っていると、やがて、お茶を出された。とうもろこしでつくるお茶らしい。さとうきびも育てているらしく、さとうがあらかじめ入った甘いお茶だという。
「ズンです。もと教授です」
「ヨルと申もうします」
あらためて名乗り合う。
で、おれは聞いた。
「あなたは、もと教授だと聞きました、それ、いったい、何のもと教授なんですか」
言ってすぐ、なかなか失礼な聞き方をした気がした。
さいわい、彼は気分を害した様子もなかった。
「はい、竜の研究しながら、生徒たちへ教えておりました。あれこれと」そういい、すぐに「いいや、生徒たちへ教えながら、竜の研究をあれこれとしていた、と、いうことにしておいてください」そう修正を入れた。
「竜の、研究ですか」
「ヨルさんは、あなたは竜払いですよね」
確認され「ええ」と答えた。それからせっかくなので、このあたりの竜について、気になることを聞いた。「あの、このあたりは、八年前の出来事で、竜の数が多くなったと聞きました。けど、それが、ちょっとわからなくて」
「というと」
「八年前、何かの理由で、この大陸の誰かが竜を怒らせた。怒った竜は、群れになって、この大陸中を無差別に攻撃した。あの、それはわかります。けれど、その結果、この大陸で竜が増えたという話の部分が、よく見えてないんです。竜が怒って、その後、竜が増えるなんて聞いたことがない」
「虚偽」
ズン教授はさらりと答えてきた。
「虚偽」と、おれは言った。
「そう、虚偽の情報だからね。あと、あれでしょ? 八年前に出来事で、大陸中の道もなくなったって、しかも、いまは外は竜がいっぱいになった影響で、町と町の間にあたらしい道をつくるのも難しいって、そう聞いたんでしょ?」
「はい、そのような感じで、おおむね」
「んで、町の外は竜がいっぱいであぶないから、人と人、もしくは町と町の物資や情報のやり取りは、竜に対処できる人材組織である『五者』がすべて担っている、それも聞いたでしょ?」
「はい、そのような感じで、おおむね」
「というか『五者』って、悪い集団だからね」かるい口調でそれを言って来た。「あの連中は、この大陸の流通を独占し、過剰な利益をとっている集団だからね」
ない、そうなのか。おれがこの大陸に着いてから、『五者』について、明確にそういう言い方をする人とは、はじめて遭遇した。
「というか、あの『五者』ってのは倒さないと、よくならないよねえ、この大陸は。あれらが物流も情報も独占してるせいで、この大陸はさ、なんか、ずっーと、治らない病気みたいな状態が続いてるんだよ、この八年」
と、あけすけに言う。
まて、そうなのか。『五者』とは、この大陸の物流を独占して、利益をあげている、よくない輸送集団だったのか。
「ああいう、悪のは、やつけないといけないよねえ、はは」
なんか、笑いながらいってる。
で、彼はお茶を飲む。
「うわ。まずいっ! お茶の淹れ方、まちがえちゃったよ、はは」
で、お茶の味でも笑う。
これは、深入りするとやっかいなりそうだった。けれど、好奇心はあった。そして、好奇心が勝った。
「その話は、いったい」
「いやーさ、『五者』の倒し方は、かんたんだよねえ、うん」そして、急に飛躍した話をしてきた。「道、つくちゃえばいいの」
「道をつくる」
「いや、とうぜん、大陸中に道を新しくつくるには時間がかかる、お金もかかる。しかし、『五者』を倒すためには、ひとつでいいんだ」
「ひとつだけ」
「そう、しかも、どこでもいいさ。どこかの町と町をつなぐ、一本の道をつくってみせればいい。いろんな情報あるけど、結局、新しい道つくれます! という証明になる道をひとつ、最後まで完成させればいい」
「つまり、成功例をみんなに示すための、道」
「そういうこと。たったひとつの道でいい。短い道でいい。そのためには、そー、手始めに、たとえば、ふたつの町を何度も何度も間を往復している人間を登場させるんだ、みんなの前に、そういう実績の人間を登場させるんだ。そいでね、そいつが平然と何往復も町を行き来しているから、だんだん、みんなは、あれ? おや? もしかして外出ても、けっこう、だいじょうぶなんじゃないか? と、思わす。とうぜん、そいつは毎回無傷で往復してみせる必要がある。そいつがいつも安全に町を行き来するうちに、しだい、みんなの楽観性も育ってゆく。そして、その楽観性が大きく育ったら好機だ、町と町の間に道をつくることを提案するのさ!」
と、いつの間にか、広間の黒板に図をかきながら説明している。
「で、この企みで重要なの要素は、町と町の間を何往復もしてみせるそいつが、強そうだったり、頭よさそうだったり見えないことね! ふつうの感じの人間でも、竜の平原を何度も安定して行き来できる、と見せる必要があるのでね」
ああ、なるほど。
「で、君がぴったりだと、わたしは思う」
と、急にズン教授がおれを推薦してきた。
むろん、強そうだったり、頭よさそうだったり見えないこと、と愚弄も部分を、おれは見逃してはいない。
「まあ、かりにだ。かりの話だよ、あくまで、かりに―――君がその役目をやってみせて、もう外の世界は大丈夫だ、と、みんなに教え、伝わり、たった一本の道の完成にこぎつければ、すなわち、それがいずれ『五者』を倒すことにつながる。一本の道の完成の情報は、きっと、別の町にも伝わり、その後、人々はあの道に続けとばかりに新しい道をつくりだすだろうさ。たしかに、町の外には竜がいるけど、じっさい、必ずしも危険ではない。本当は道がないことが、人々に過剰な不安を覚えさせている。危険なのは、むしろ、人間、連中さ。道をつくらせないように仕組んでいる者たちがいる、『五者』の連中はね、悪党なんだよ」
それから、ズン教授はお茶を飲んで言った。
「とまあね、あの危険だという竜の草原を独りで渡り、わざわざ、無償で飼い主に犬を届けてくれるような精神の君に、こんな話をしてみた限りさ。いやー、あくまで、世間話であって、これは、お願いですらない、妄想の類だ」
で、彼は企みを隠さず、最後にこういった。
「ちなみに、うちの犬は、またあの町へ行っているかもしてない」
笑顔だった。
で、おれはお茶を飲み、なんとなく「ひとつの道か」と、つぶやく。
そして、お茶はそう不味くはなかった。
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