いらいのつち

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 とある役目を果たし、とある町にいる。まだ陽は高い。

 そこで一息つこうと、町の中で宿を探しはじめた。そして、ほどなくして知る、この町には宿は存在しないのだと。

 なるほど。

 で、その場に立ち尽くす。名案は思い付かなかった。なにしろ、ないものはない。願ったら、どこからともなく、ぼわんと、出現するはずもない。

 疲労感もあるので、この背負っている剣を外して、一休みしたいところだった。けれど、この町には、まず宿がない。食堂もなさそうだった。雑貨屋はあり、そこで食料は売っているので、栄養の確保はなんとかなりそうである。けれど、食料といっても、乾燥した豆ばかりが売っていた。それを食すためには、一度、湯せんして戻す必要がある。他に、麵麭も売っている。ただし、物流が滞りがち土地の町ゆえに小麦自体が希少なのか、今朝焼きましたよ、的な、ふんわりやわらかい麺麭は並んでいなかった。すさまじく日持ちしそうな、煉瓦みたいな麺麭の現品販売である。

 その麺麭は、もはや、凶器足りうる麺麭の硬度である。

 なるほど。

 しまった、そういう町なのか。

 ありあまる無策の結果がいまである。

 そのときだった、気配を感じた。振り返ると、四十代くらいの男性がこちらへ近づいて来る。おれだろうか、おれだろうな、と思っていると、やはり「あの」と声をかけてきた。編み物の上着と、編み物の帽子をかぶっている。そして、口回りに編み物のような感じの髭を生やしていた。

「あなた、旅をしている方………ですよ、ね?」さぐりさぐりに聞いて来た。「いえ、あの、わたし、この町に住む、トロンボという者でして………」

 名乗り、帽子を脱ぐ。髪も編み物のような質感だった。

「それに、竜払いの方と、お見受けします…………というか、ですよね?」

 もしかして、竜を追い払う、依頼を頼みたいのか。

「いえ、いきなりで、しかも、かなりぶしつけなことで、とても申し訳ないのですが、ちょっと、そのお願いしたいことがあるんです。いいえ、お金はお支払いいたしますので、はい………」

 やはり、竜を追い払う依頼なのか。

 人間は竜が恐いので、竜が近くに現れたら、追い払って欲しいものである。

 ただ、聞いたところによると、この大陸では、勝手に竜を払うことは、禁じられているらしい。もし、かりに勝手に竜へ手を出せば『五者』という―――この大陸の物流を管理する、組織だか、仕組みだかに、罰せられるらしい。

 まあ、そのあたりの情報は、まだ、ふわふわしていて、完全に把握はしていない。

 それはそうと、彼の方である。トロンボさん、だったか。

「ヨルと申します」とりあえず、こちらも名乗った。「お願いというのは」

「はい、じつは、わたしの父が、その………もう数日のうちには息を引き取りそうで………」

 思わぬ内容の返しだった。すると、彼はこう話はじめた。

「父は若い頃に、別の大陸から、竜払いとしてこの大陸へ海を渡って来たんです。わたしが生まれる遥か前です。それ以来、父は故郷の大陸には一度も戻ってません、ずっと、この大陸で竜を払ってました。そんな父ですが、体調を大きく崩し、その………長くはないんです。それで、その………ちょっと、これはわたしの、妙な思いつき、なんですが、父に、ですね、その、最後に同じ故郷の大陸の人と話をさせてあげるのはどうだろうか、っ思ったんです。あなたは、ここまで旅をしてきたようですし、あきらかにこの大陸の人間とは空気感がちがったので、こうして声をかけさせていただいたんです」

 なるほど。

 その後、もう少し詳しく話を聞いた。ところが、彼の話によると、おれの故郷の大陸と、彼の父親の故郷に大陸は、違う大陸だとわかった。

「いえ、本当に同じ大陸じゃなくてもいいんです」彼はそう言った。「少しで、いいので、少しの間だけで………父と会って、話を合わせていただけないかと。父も、ずいぶん、前に、故郷を出ましたから、その………すこしぐらい、話がずれてしまっても、だいじょうかな、って思いますし」彼はそういって、一度、下を向き、再び顔をあげた。「最期に、父へ故郷の土………といいますか、それを、わずかにでも、感じさせたくって。父は、この町の人は、みんな知ってますから。父の知らない。今日、ここに来た、あなたなら、いいじゃないかと。それに、本物の竜払いさんですよね」

「本物。なぜ、そう思います」

「わかりますよ。ずっと、そばで竜払いである父を見てましたから、わかります。わかるんです。あなたが竜払いだって」

 まっすぐに目を見て言う。

 そうか。

 同じ大陸の竜払いのふりか。特殊な頼み事である。

 けれど、これも考えようによっては、竜払いとしての依頼か。

 おれは「やってみます」と、伝えた。

 とたん、彼は喜び、さっそく、おれを家へ連れていった。家の中へ通されると、彼の妻、母親、それから、男の子、男の子、女の子と、子どもたちが三人いた。犬もいる。

 彼は、家族へおれのことを伝えた。

 それから、廊下を進み、おれを奧の部屋へ通す。

「この部屋です………父さん、入るよ」

 扉をあける。部屋に設置された寝台の上で、六十代ほどの男性が半身を起こし気味に横たわっている。

 彼は窓の外を見いたけど、こちらを見た。顔色から察するに、体調はかなりかんばしくなさそうだった。それでも、なお凛としてみえる。

「父さん、この人はヨルさん。今日、たまたま、この町に来てて! あー………あのさ、聞いて、驚いて、この方はね、お父さんと同じ大陸の出身なんだって!」

 彼の発言の後半は、少し、興奮気味になっていた。

 彼の父は、息子を一瞥し、それから、こちらを見た。おれは、小さく「ヨルと申します」と、名乗り頭をさげた。

 彼の父は、無言のまま、おれを見ていた。こちらも見返し続けた。

 やがて、向こうが「はじめまして」と、いって、もうあまり動かないらしい身体で、頭をさげた。それから息子に「トロンボ、ヨルさん、お茶をお持ちしなさい」といった。

「はい」

 彼は返事をし、部屋を出てゆく。

 で、部屋の中には彼の父と、おれだけになった。

 それから、おれはいった。

「わかりますよね」

「ええ、わかります」

 彼の父はそう答え、微笑んだ。そして続けた。

「でも、最後まで、演じますよ。せっかくの、あの子の贈り物だ」

 おれは「はい」とだけ言った。

 彼は「どうか、背負っている剣を外して、そこへ座ってださい、重いでしょ。ここで、少しでも休んでいってください」と、言った。

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