へらすとふえた

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 縦、大人ひとりぶんの高さ。

 横、大人ふたりぶん肩を並べたくらい。

 そんな本棚を背負うと重い。

 さらにそこに本が詰まった状態だと、より重い。

 なおかつ、その本棚を背負って、竜がたくさんいて、危険だという草原を半日以上進む。

 徒歩にて。

 本が届かない町へ、大量の本を届けるために、進む。

 徒歩にて。

 無謀と、無理の合作である。そして、これをやり遂げるために、なにより必要なことはなにか。

 虚無である。虚無と友人になり、おれはいま、いったい、なにをやっているか、などと、考えないことである。

 ましてや、うっかり、大量の本を町へ届けるなどと、約束しまった自分を攻めたりしてはならない。

 虚無である。

 本、満載の本棚をかついで、竜を警戒しつつ、歩き続けるためには、虚無を最大稼働である。

 で、虚無により、なんとか本をその町まで届けることができた。凄まじい疲労感である。

 本を届けた先の店主から褒められた。「ありがたい」と。「これで、みんな新しい物語がよめるよ」

 よし。

 で、それから、言われた。「でね。いや、じつは、隣の町も本が届いていないんだ、ずっと」

 で。

「ああ、できれば届けてもらったこの本の半分はぁ、隣町の本屋にゆずりたいね。まあ、知り合いの本屋でね。あの町にも、本が読めず、文章にかわいた人々が、わんさかいるはずさ、新しい物語、知識に出会えない人々がねえ」

 と、伝えてきた。

 むろん、その発言の内実は、こちらに隣の町にも、本を届けて欲しい、という申請に紐づいているに他ならない。

 で。

 まて、今度、運ぶ本は、さっき半分の量じゃないか。

 ならば、これまでの輸送より、軽い。だんぜん楽だ。

 と、思ってしまい「あの、運びましょうか」と言っていた。「そっちも」

 疲労は、すべてを狂わせる。

 そして、あ、そうか、いまは疲れで狂っていたんだな、ゆえに、うかつな許諾を、と気づいたときには、すべて手遅れである。やっこさんは、こちらの油断を逃さない。「おう、なら、ひとつ、よろしく」と、かるがると、新規の業務委託である。さらにこちらが、非協力的な反応を示すまえ「あの町にも、新しい本を待っている、本好きの、本に生きる、子どもたちがたくさんいるのさ」と、追加情報をぶつけてきた。

 総合的な感想でいえば、卑劣な追加情報である。

 けれど、しかない。

 隣の町まで向かうか。

 ただ、隣町へ行くといっても道はなかった、八年前の出来事で、道は失われたまま、復元も新規作成もなされていない。そこで、さきと同じようの真っ平らな草原をひたすら歩むことになる。ただし、草原には目印になる人造物も、森、川などもない。しかも、この平原では、磁石が狂い、方向を示す道具が機能できない。

 と、聞いていた。

 ところが店主は「それは虚偽情報でね、実は磁石が狂わない装置もある」と、発表してきた。「これね」

 そういうあるんだ。

 いや、なら、はじめから教えてくれたまえ、と、思いつつ。けれど、店主からそれを受け取る際に「あのさ、それ持ってるの、誰にも見られないでね。ほんとうは『五者』関係の人以外、所持するん、禁止だから」と、忠告された。「みつかると、あぶないよ」

 身辺の安全が不安定になるようなのを譲渡してほしくはない。とはいえ、運ぶためには、しかたない。

 所持である。

 で、本を担ぎ、磁石で方向を確認しながら草原を進む。道中、三度、竜を感じた。一度目は、遠く地平線の向こうに。二度目は空に。三度目は、姿もかたちも見ええなかった、おそらく、小鳥くらいの小さな竜がどこかにいたのだろう。

 たしかに、竜が多発している草原だった。短い距離を進んだだけで、三度竜に遭遇するのは、頻度が高い。

 半日の半分をかけて歩き、やがて隣の町まで到着した。町の周りには、ふわふわな羊がたくさんいた。

 前の町より、二回り小さい。町に一軒だけあるという本屋を探す。

 そういえば聞いたところによると、このあたりの草を食べて育った羊の毛は、上質に育つため、みんな以前として、竜がいるこの場所に暮らしているらしい。ここの羊の毛は高額で売れる。で、比較的、竜がいない土地は、いろいろと、ものが高いらしく、たとえ、こういう町から移住したとして、高収入を得る仕事に就くことが難しいらしい。

 ゆえに、みんな、ここで生きている。

 で、探してみるも、本屋はなかった。雑貨屋あり、女性の店主に聞いてみると、じつは、この店はかつて、この町で唯一な本屋だったという。本が届かなくなり、いまでは、雑貨屋になったらしい。前の町でも、似たような話を聞いた。

 けれど、本はわずかに扱っていた。

 そして、おれがこの町へ新しい本を届けに来たのだと伝えると、とたん、彼女は爆ぜるように飛んで、声をあげて喜んだ。

「本を、ありがとう!」

 と。

 運んだ本の量は、前の町の半分だし、運送に費やした疲労も半分だった。

 いっぽうで、目の前の相手の喜びの大きさは、前の町のより遥かに大きいし。

 そうか、内陸部の方が本へのかわきは、強いのか。

 そうか。

 よーし、よし。

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