よみ
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
可能な限り本を毎日、読む習慣があった。小説、非小説などを読む。
けれど、油断するといけない。しばらく本を読まないでいると、たちまち衰える習慣だった。
むろん、あくまで個人の資質の話である。
とはいえ習慣の維持、あるいは習慣の復元をはかるためには、まず本が手元にあることが前提だった。そして、いまは本を持っていない。読み終えた本は、荷物軽減のため、前の町で売却してしまった。旅の中で所持する本は、一冊限りと決めていた。
それはそれとして、他の土地で手に入れた本を、他の土地の書店へ持ち込むと、引き取り手が、大きく喜ぶことがある。その土地では手に入らない本だったりするからだった。書店に限らず、旅先で出会った人へ、手持ちの本をゆずることもある。その場合も喜んでくれることがある。
本をゆずり、その際の相手の反応が明るいと、こちらも明るい気分になった。
ただし、いま、おれの手元に本がない。そこで、滞在しているこの町で本屋を探すことにした。けれど、町自体に商店の数自体が少なく、けっきょく町には本屋はなかった。で、聞けば、雑貨屋で、わずかに本を取り扱っているという。
そこで教えてもらった雑貨屋へ向かった。店を見つけて中に入ると、店内は雑貨と、乾燥食品が並んでいた。本は店の端に数十冊が置かれているのみである。
そして、幸運にも、未読かつ、興味のひかれる本をみつけた。手にとって、会計台へ向かう。
店主は三十代ほどの男だった。片側が、妙に長い髪型をしている。
「これを」
と、おれはいって本を会計台の上へ置く。
「高いよ」
と、言われた。
高い。一瞬、おれは考え、それから買おうとした本を見る。本に値札が挟まれていた。確認すると、その通り、かなりの値段だった。他の町なら、この値段で同種の本が五冊は買える。
おれはそのまま「高い」と、つぶやいた。
「この町で本は貴重品ですよ」彼はそう言った。「お客さん、他所から来たでしょ。知らないでしょ、この町を。高いよ、本は、ここ」
落ち着いた口調で教えてくれる。
「本は、ここまでは届けてくれないからね。いいや、この町だけじゃないですが、大陸の内陸部へ行けば行くほど、本の値段は高くなりますよ。なかなか運んでくれない。道もないですしね。運ぶとなると、どうしても、食料とか、生活必需品優先になるから。本は後回しになります。危険を冒してまで運ぶ人はいないんです」
どこか愚痴に吐き先を得たようである。
「おかげで、いまじゃ、この町には本を読む人間がほぼいない」
彼は嘆息した。
「隣町まで行くのにも、道はない。竜がいる、竜の草原を越えなきゃいけなし。ほら、この町は、珈琲豆がとれるでしょ。ここで豆を買いつけて、海側へ戻れば高く売れるし、儲かる。だから、命をかけてここまで来て、運んでく、豆はね。でも、本は違う。ここまで命を賭けてまで本を届ける奴はいない、食料とかが先ですよ。食料も高いですけどね。町の人間だって、珈琲で儲けた金は生活のために使ってほんど消える。ちょっと金が入っても、豊さにはつながらないんですよ」
彼が言う竜が多発して、危険だという竜の草原。
この草原を渡り、配達をするのは、命懸けだという。
そこを歩いて来たおれ自身は、あの草原に危険性は感じていなかった。とうぜん、運が良かっただけの可能性はある。
「手紙だって料金が高くてめったに出せないです。だったら、なお、運ぶ時にかさばる本なんて、運びません、新しい本はここには届かないんです」
新しい本。
新しい本、生まれたばかりの本には、いま多くの人々と共有すべき新しい知識が書かれていたりする。けれど、本はこの町までは届かなない。しかも、ここはまだ内陸部といっても、海からそう離れていない。まる一日も歩けば、港までいける距離だった。この距離の場所でも、新しい本が届かないとなると、内陸部になると、さらに届かないのだろう。
「うちは、昔、本屋だった。だけど、本屋じゃ、やっていけないから、この通りですよ」
そうなだったのか。そう言われ見ると、店内の棚は、本をおさめるには、ほどよい幅のばかりだった。
「いやいや、もうしわけない、ひさしぶりに本が売れたので、つい、饒舌に。もうしわけないです」彼は謝ってから、続けた。「この町で本を買うお客さんは、ひさびさなので、はは、ちょっと」
彼はさびしげな表情でいって、鼻をすする。彼の中には行き場のない、つらさがあるようだった。どうにかこの町の人々へ本を届けたい、けれど、本を人々へ届けられない。
そこで、つい。
「おれがあの草原を渡って本を仕入れてきましょうか」
「あ、そう、じゃあ頼むね」
かるく頼まれた。綿毛以下のかるさだった。
おれの申し出に対する、迷いとか、ためとかは無である。
そうか、この町では本を読めず、相手の心も読めず。
おのれ。
「わかった。いっそ、本棚ごと担いで運んで来てやる」
しまった、勢いだけで、大きく読み間違えていた宣言をしてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます