まめ

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 場所は町の食堂である、おれは彼女、サンジュと一席に向かい合って座っていた。

 長い栗色の蓬髪の女性で、年齢はおそらく二十歳前後、瞳が点のような人である。

 彼女は、この大陸の竜払いだった。この目で竜を払うのも見た。

 ただ、この大陸では、なにかによる許諾なしに竜を追い払うことは禁じられている。けれど、彼女は、どうも、そのなにかによる許諾なしに竜を追い払ったようだった。

 その無許可竜払いの場面に、偶然、おれは立ち会った。

 で、けっか、その後、なぜか、おれに対し、なにかによる許諾なしに竜を追い払った容疑がかかり、ひと騒動に巻き込まれた。その後、無実は晴れた。

 いまは、そのひと騒動のその後である。

 そして、そのひと騒動に、おれを巻き込んだ張本にである彼女が言う。

「ごめんね、ありがとう。ということで、わたしの身代わりになった謝罪と、儲かったお礼をここに合体させて、食事を奢るよ。なーんでも食べて。ま、この店、豆しかないけどね」

 前髪を手で整えながらそう言った。その前髪もまた蓬髪気味である。

 彼女は、おれを罠にはめたともいえる相手だった。

 けれど、サンジュは、けろりとしている。そして、ふしぎと、ずうずうしさがない。

 それが戦略的振る舞いなのか、あるいは自然的振る舞いなのか、わからない。けれど、その振る舞いを前にすると、妙に、こちら毒っ気を抜かれてしまった。

 どうしたものかだろうか。

 と、思ていると。

「豆の話するね」

 急にそんな話題を持ち出して来た。

「どうして、こんなに竜がいっぱい出るような安全じゃない場所に、町があるかというと、豆なんだよね、豆。どうしても、ここの土でしか育たない豆があって、ここで栽培してるの。八年前に竜にやられたけど、どうしても、ここでしか採れない豆のために、また町へ戻って来た人たちが、いまでも豆をつくってるわけ」

「豆」

「そう、すべては豆のために」

 サンジュは右こぶしをつくって掲げてみせた。

 おれは「豆」と、もう一度、言った。

「豆を育てて採って、煎って、あと、いろいろやって、最終的には、そのだし汁を飲む」

「珈琲豆なのか」

「それだね」

 うなずき、サンジュは小さな刃物を手にして、前髪の先を切って揃えだす。

「高く売れる豆なの、ここの土地の豆は。高級なの。儲かるんだってさ。だから、いまでも、ここでつくってる、ここでしかできない豆だから。竜をがまんして」

「なるほど」

「といっても、人間は、竜をがまんできるはずもない、そう、できないできない。それでも、みんな、竜に負けじとここで、いいや、大陸各地で踏ん張って生きている。なので、わたしは、そういう、がんばってる人たちのために、ああして、禁じたれた無許可な竜払いをやっている」

 前髪を切った刃物をしまい、切った前髪を指の先で回す。

「わたしだって、無許可で竜を払うのは、いけない、って思いって、やってる。ときには、やるせない想いを胸に。しかし、みんなのためだし、みんなのしあわせのためさ、ならば、わたしだけ悪者になればいい、そう思ってやってるの、生きてるの」

 その話を聞かされ、おれはどう反応すべきか迷い、少し考えてから訊ねた。

「あの、さっきから言っている、その竜払いの許可って」

「『五者』が出すんだよ。あ、知らない?」

「名前だけは」

「ヨル、だっけか。名前」

「そっちはサンジュさん」

「そう、サンジュです。でー、ヨルって、いまいくつなの」

「二十三です」

 たしか。

 きっと。

「ほほー」サンジュは、ふくろうのような声を出した。「そうですか、ヨルさん」

 ああ、さん付けになったぞ、おれの呼び方。

 もしかして、おれの年齢があれだったから、気遣いを開始したのか。

 なんというか。

 まめな、人だ。

 

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