とう
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
諸事情の果て、いままさに拘束されている。
牢獄のなかである。ただ、この牢獄には天井がない。壊れていて、完全に青空が見え、そこには白い雲が風に流れている。
かりに鉄格子をのぼれば、いつでも脱出は可能だった。なにより、ここに入れられているのに、背負っている剣もとられていない。
牢獄のなかに置かれた唯一の椅子に座っている状態である。
で。
「おまえはな、あれだから」鉄格子の向こうからその男は言う。「だめだからな、全面的に」
彼は、四十代後半あたりか。
この町へ入った、とたん、彼は現れ、おれの前に立ちふさがると、あれこれと言葉を投げかけ出来た。その発言をまとめるとこうである。町にやって来た、おれがよそ者であやしい、かつ、禁じられている、許可のない竜払いを実行した、という疑いをかけられていた。
よそ者については、異論はなかった。おれは、まぎれもないよそ者である。
ただ、竜を払った件については、おれではない。
けれど、どうも彼は、この町の治安維持に関係する職務についていそうな気配がある。それに、詳しいことは所定の詰所で、落ち着いては聞こう、話そう、というので素直に従いそちらへ向かった。
そして、いまである、こうして天井のない牢獄の中にいる。鉄格子はあるものの、鍵はかかっていない。
それでもなぜ、牢獄の中へ、という視線を投げかけると、彼はいった。
「とりあえずだよ、とりあえず。仕事している雰囲気をだすためだから、あくまで形式だから、ちょっとだけだからさ。仕事をしている雰囲気だけさ、ね。いま、お茶も出すし」
後半は、やや、懇願気味の畳みかけである。
そうこうあって、牢獄の中にいる。
そう、牢獄の中。
落ち着いて聞こう、話そうという場所としては、最低得点をたたき出す場所である。
「お前、竜を勝手に追い払っただろ、禁じられているのに」彼は決めつけて言う。そして「もう!」と、五歳児のような憤慨音を口から放った。
言いがかりだった。
けれど、物理的抵抗は最終手段である。と、心の中でそう前提を置きつつ、おれは回答しようとした、そのときで、詰所の奥から誰かがやって来た。
「はーい、お茶ぁ持って来たよ」
女性だった。三十代ほどで、長生きしそうな印象を受ける顔立ちだった。
そして、彼は「おう」と、彼女へ返事した。で、言った。「妻だ」
奥さんなのか。
彼女は、お茶を持って登場すると、おれを見た。
それから、彼を見た。
「あんた、ちょいちょい」
「おう、なんだよ」
「この人は違うじゃないかい」
あ、まさか援軍である。
「わたしの見たところさ」と、彼女は続ける。「とてもじゃないけどね、竜なんて追い払えないでしょうに」
彼女にはそう見えるのか、おれは。
けれど、ここはそう見られることが大きく利点になりそうな場面だった。
ゆえに、静観である。
「うっかりだよぉ、あんたさ、見なよぉ、この人を。むりむり、竜なんて払えるうような人じゃないよ。弱そうだし」
するりと愚弄が入って来る。
けれど、ここは静観である。
「ほら、この人、拾い食いとかはするかもしれないけどさ、さすがに竜は勝手に払わないわよ、むりだって。負けるって、竜に、竜以外にも負けるよ、いいや、竜以外のありとあらゆるものに負けっぱなしさ」
ぐいぐいの愚弄である。
けれど、ここは静観である。
「なにいってんだよ」と、彼である。亭主が言う。「見ろよ、この男を、この眼を、幾多の死線を潜り抜けた戦士の目をしているぞ。雰囲気でわかるんだ、この人は困った人のために、損得度外視で戦えるような人に違いないぞ。竜を払る人だ、だから、あの竜を払ったのはこの人なんだよ」
「うわうわ、ぜったぁーい違うわ、ちがうちがう。ありえない、あえいえないし。この人は、竜払いじゃないってば。見て、この人が持ってるその剣だってさ、中身は、きっと安い模造品よ。おみやげ屋で買っただけよ、よく、見なさいよ、この人の、しがないおみやげ屋で興奮しそうな顔立ちを、ねえ」
と、彼女はおれへ笑顔を投げかけてくる。
いったい、どっちにのべきか。
おれを解放するだろう、彼女の一方的な愚弄を受け入れるか。
おれを拘束するだろう、彼の一方的な賞賛を受け入れるか。
「とう」
めんどうなどで、おれは天井から出た。
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