まもらずまもる

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 おれは人の近くに現れた竜を追い払う、竜払いである。

 背中に背負った剣は竜を追い払うための剣だった、人と戦うための剣ではない。

 ところが、いまいるこの大陸では、勝手に依頼を受けて、竜を追い払ってはならない、決りがある、らしい。

 で、その条件を踏襲したうえで、竜がたくさんいるという、この草原を歩いている。地面に起伏がなく、草が生えているだけで、ずっと緑の絨毯の上を歩いているようだった。あと、緑の海面にも見えるときがある。

 道はなかった。けれど、地面が驚くほど平らなので、遠くにずっと町が見えていた。それを目指して進む。

 おれは届けるべき、手紙を預かっていた。

 竜が多発するため、この大陸の人々が恐れる、この草原を歩いて来たものの、けっきょく、いまのところ竜とは遭遇してない。竜を近くに感じることもない。遥か上空を竜が飛んでいることもなかった。

 この大陸内部にも、もともと人が造ったあった道あった。けれど、八年前に竜の群れに破壊された。しかも、現在、竜が大量発生しているので、あたらしい道も造れない現状だった。そのため、内陸部への物資、情報の伝達は、こうして人が道なき道を歩き、届けていると聞いた。

 そして、おれは、ぞくにいう、ひょんなことから、この手紙を預かり、届けている最中である。

 いや、届けようとしているのものの、さっき、どうも、たくらみある、あやしげな手紙であることがわかった。

 けれど、一度、引き受けたことである。たとえ、たくらみ、あやしげであろうとも、届けなければ落ち着かない。

 なんだろうか。

 どこか破滅願望でも、あるのか、おれ。

 などと、自問自答しているうちに、やがて、草原の中にある町までたどり着く。

 ただ、町だと思ったその場所の大部分は、かつての町だった。大半が壊れた家屋ばかりだった。町の一部だけ、建て直されているらしい。

 どうやら、破壊された町の瓦礫などと再構築し、新しい建物をつくった感じがある、遠くから見ただけで、それなりに大きな町に見えていたけど、実際、町として機能していそうな部分はわずかのようだった。

 そのわずかな部分だけいえば、町というより、集落である。

 とはいえ、町である。

 で。

 その町の入口で、待ち構えている者がいた。

 栗色の長い蓬髪を背中でゆらめかせた女性だった。二十歳くらいだろうか。

 片袖のない真っ赤な筒状の人繋ぎの服を着て、腰に小さな金槌や縄など、他にも、さまざまな道具をぶらさげている。背はおれとさほどかわらない。

 目の白み部分が多く、眸は小さく、点のようだった。

 腕組みをしている。

 かくじつに、町に近づくおれを待ち構えていた。露骨にではないけど、警戒は察知できた。

 しかたない、こんな危ない草原をのこのこ歩いてやってきた、かつ、背中には剣も背負っている。

 これはあれだな。

 こちらから、あいさつしばければ。

 そう思い、おれは相手が脅威に感じないだろう距離で足をとめる。

 まずは一礼である。

「よっ」

 すると、彼女は気軽に右手をあげてあいさつを返して来た。

 声は、やや、甲高さがある。たった一言でも、印象に残る声だった。

 それから「なに」と問われた。

 無警戒とはいえないし、けれど、無邪気な様子にも思える。

「はじめまして、ヨルと申します」おれは名乗った。そして、外套の下から手紙を取り出してみせた。「この手紙を届ける途中の者です。この町は通過点で」

「ありゃ」と、彼女は独特な声を放った。「それ、罠の手紙よ」

「それとなくは知っています」

 そう答えると、彼女は点のような目を、一瞬、二重まるのようにして、点に戻した。

「それさ、捨てても大丈夫だよ、ぽい、っと。あいつら、その手紙を事情知らずの人たちへ、ぽいぽい、くばりにくばってるだけだし、捨てても誰も傷つかない、迷惑かからないから」

「でも、先に報酬も貰ってしまって」

「あ、宝石でしょ、それ偽物だよ、やすい色つきの硝子だよ、石にぶつけたら、粉々になる。恋人にあげて、もめる代物だ」

 ぽんぽんと、そんな情報をくれる。

 というか、宝石は偽物。

 そうなのか。

「この草原では何も知らない人間は捕食の対象にされる。でも、ここでは人間は重要な資源でもある。だから、なるべく、生かされて、生かされて、とれるところまでしぼるよ」

 と、彼女はいった。

「しぼるのに、遠慮はされない」

 腕を組んだまま、肩をすくめ、そう続けた。

 その言い方には、どこか渇いた感じがある。

 とはいえ、おれにしても、出会ったばかりの相手を無垢に信じるほど、純真ではない。

 いや、手紙の件は信じたか。

 けれど、あれを教訓して、生きよう。

 よし。

「竜払いよね」

 不意にそれ訊ねられ、おれは「え、はい」と、返事をした。

 かすかに彼女は笑んだ。やったぁ、そんな笑みにもみえる。

 彼女は何を考えているのか、狙いはあるのか。おれは預かった手紙を右手に持ったまま、見返していた。

 とたん、異質な呼吸を感じた。次の瞬間、鋭い飛び方の鳥が、おれの手から手紙を咥えて奪い、瞬く間に上昇し、彼方へ飛び去る。

 しまった、手紙を。

 しまった。

 しまった、けど。

 よし。

 ここは彼女を信じることにしよう。あれは届けなくてもいい手紙だった、と。

 手紙を失ったいま、おれのあるべき心は、それしかねえ。

「おれは君の話を信じる」

 で、彼女へそう告げた。

 ただ、自分の心のために言ったのみである。責任からの逃れるためだけに。

 すると、彼女は腕組みをしたまま「わたしの名前は、サンジュ」と、名乗った。なぜかもう一度「サンジュ」と言った。

 そのとき、竜を感じた。見ると、上空に竜がいた。成体の馬ぐらいの大きさだった。

 そして、竜が地上へ降りてくる。町へ向かっていた。

 サンジュを目にすると、腰から縄を外した。人の腕ほどの長さの縄の両端には。白い塊がくくりつけられている。竜の骨だった。彼女はそれを竜へ向かって投げつける。放った縄は両端に竜骨の重さで安定した回転を保ち、円盤のようになって飛び進み、町へ降りたといとした竜への喉元へぶつかる。

 その一撃で、竜は驚き、傷を負い、空の向こうへ飛び去っていった。

 やがて、彼女は地上へ落ちた縄を拾いあげながら、おれへ言った。

「わたしも竜払い」

 そう告げた。

 そうなのか。いや、それはそうと、彼女はいま、竜を追い払ったぞ。

「この大陸では、竜を勝手に払うのは禁じられいると聞きました」

 それ訊ねると、彼女はいった。

「え、ああ、わたしはそれまもらないよ」

 縄をくるくる回している。

「まもらない、人々を守るために、な」

 言って肩をすくめて。

 こころの風通しもよさそうに。


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