みるめは

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 竜を払い終え、現場から引き上げる。

 よく晴れていた。あたたかい日だった。立ち寄った町の大広場では、地元の子どもたちが球投げ遊びし、声をあげてはしゃいでいる。散歩している犬もあくびをしていた。

 いま、世界になにも問題がなく思える、そんな光景が視界に広がっていた。

 大広場を横切ろうとしたとき、球が足元へ飛んで来た。布を紐でぐるぐると縛っただけの球だった。

 子どもたちが球投げ遊びをしていて、受け取る側の子どもを通り越してしまったらしい。球は丁度、おれの足元へ落ちた。

 子どもたちはこちらを見ていた。竜を払うためとはいえ、おれは剣を背負っている。球は取りたいのだろうが、おれに近づきがたいのはとうぜんだった。

 おれは球を拾うと、子どもたちへ向かって、もう片方の手をあげてみせた。

 すると、子どもたちも手をあげた。

 それから、なるべく気の抜けた声で「いくぞー」と声をかけ、球を子どもたちへ向かって投げる。

 竜払いになって、数年後に知ったことで、おれは球体を投げる天賦の才があるらしい。狙ったところに、かなりの速度の球を投げられる。

 といっても、子どもたちの使っていた球は、布で出来た球であり、重さもない。手加減もて投げ出し、球は真っすぐに、ほどよい速度で子どものひとりへと向かう。その子どもは、球をうまく受け取った。

 お礼だろうか、子どもたちは元気に手を振ってきた。

 はからずも、知らない子どもたちの交流である。わるくない。

「お、おまえええええええええはぁぁあ!」

 そう思っていると、絶叫めいたものが、ひかくてき至近距離で発せられた。

 ほぼ奇声といっても遜色がない。

 見ると、黒い帽子をかぶり、草臥れた一枚布を身体にまいた五十代ほどの男だった。声の主はその男で、顔中傷だらけだった。

 黒い帽子の男は広げた手を力なく前へ伸ばし、ふるふると全身を震わせながらこちらに近づいて来る。

 おれはそっと後ろにさがった。けれど、だめだった。黒い帽子の男は「お、お、おおおおおお!」と、理性がはじけたように叫び、急速に接近してくる。

 けっか、問題があるとしか思えない世界の光景が、ここに完成した。

「おまえええええええはぁぁあ!」

 そして、いよいよ、おれの目の前まで来た。

 もしものときは戦うしかない。おれは心を構えつつ、とはいえ、まずは動向をうかがう。

「お、おまえ!」黒い帽子の男は、顔を寄せてきた。おれはそっと下がる。けれど、彼はくじけず、いった。「俺と一緒に組まねえか!」

 組む。

 おや、なんの話だ。

「おまえのいま投げた球を見たぜええ! ああ、まちがいねえ! 絶対、絶対どわぁ! 絶対にまちがいえねぞぉずおお! おまえなら、そう、おまえだ! おまえこそが、俺の求めていた男だぁあ! 才能だぁ! そうさ、俺の目に狂いはねえええ!」

 ぐいぐい来る。情熱的ともいえる。けれど、人によっては、泣きだされかねない迫力だった。

「あの球! あの球だ! ああ、俺は何年も探してたんだよ、おまえのその肩をさぁ! その肩は、たっ、宝だぁ! 宝だよ、は、はは、ははは、ついに見つけたぞおお!」

 歓喜の声をあげる。よって、広場の治安が悪化した感じになる。

「俺の目に狂いねえ!」

 と、黒い帽子の男はいまいちどそれをいった。

「お、おまえ、俺と、くく、組んで、俺と組んで!」

 ぐいぐいが、よりぐいぐいになる。

「竜払いにならねえか!」

「あの、おれはもう竜払いです」

「ぴょぴょぴょぴょぴょーんん!」

 とたん、黒い帽子の男は、ここまでのおれの生涯で目にしたことがない驚き方をした。そして、それは、どうでもいいことでもある。

 とはいえ、なぜ、球を投げるのを見て竜払いにふさわしいと、わかったのかはわからない。

 ただ、ある意味。

 ある意味、この人の目に狂いはないともいえた。

 けれど、まず他者への接近方法は狂っている。

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