わかれでああた

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 言葉が通じない土地を旅している。

 となると、やはり問題は多々発生する。

 そこで少し前、とある大きな町へ立ち寄った。その町は葡萄酒の製造で有名であり、観光地らしい。で、観光地ともなれば、他の土地からの人々も大量に押し寄せる。そのため、町では複数の言語を使った商売をする店もある。おれは、その町にあった本屋で言語学習用の本を購入した。

 その後、その町を出て、東へ向か歩く。

 森の中の道を進む。左右には、もこもことした緑の葉がついた木々は生えていた。おやだかそうな森である。

 地図によれば、このままずっと行けば、ちょっとした砂漠があるらしい。

 そうして、歩き続けているうちに昼時になった。すると、道から外れた森の奥の方に、じつに座りやすそうな切株をみつけた。場所も開けているし、光も差し込んでいる。休憩場所に丁度よさそうだった。

 そこで森の中の道から外れ、木々の合間を抜けて、奧へと中へ入る。切り株までゆくと、背負った剣を外しつつ、腰を下ろした。座り、所持していた麵麭を半分ほど食べた。もう半分は残し、懐へ入れた。

 それから言語学習用の本を取り出し、目を通す。

 座学開始である。

 そのとき、気配を感じた。見ると、すぐそばに、ふんわりとした茶褐色の毛にくるまれた子犬がいた。まるい尻尾をふって近づてき、その場に座って、おれのことを、つぶらな瞳で見返してくる。

 人類に対する、なにか期待の眼差しである。

 そこで、おれは人類を代表して、半分残していた麺麭を取り出し、犬へ与えた。

 すると、とたん。

「解散だ、解散っ!」

 今度は道の方から少年らしき声が聞こえた。じゃっかんの荒ぶる声である。おやだかやではない。

 そして、おれの理解できる言語である。

「こっちこそ、解散です!」

 で、今度は、少女らしき声がした。激高しつつも、どこか凛している声だった。

「ばかマルコ!」

 少女は凛とした声で、名前を添えた罵詈を放つ。

 すぐさま少年の声も「ばかミア!」と叫んだ。

 罵詈を、同種の名前添えの罵詈で返す。

 声質からして、子どもの喧嘩か。

 と思っていると、少年の方、マルコの方だろうか「じゃあなぁ! がんこミアっ!」と、いって、森の中へずんずん入って来た。

 なんだろう、つまり、彼の解散の方向性が、こっちの方ともいえる。

 いっぽう少女、ミアという名だろうか「が、がっかりやろうです!」と、叫んで言い返す。「で、へんな顔です!」

 マルコの方はどんどん森の中へ入って来て、やがて、おれが切り株に座り、休憩している場面へ出くわした。

 本を片手に、犬へ麵麭を与えているところへである。

 マルコの年齢は十三、四歳か。意志の強そうな顔立ち、あるいは強情そうなといえ顔つきだった。褐色の肌に、ざんばら切り口の髪型をし、外套を羽織り、腰には短剣を携えている。

 見るからに旅の装い。

 子どもが旅をしているのか。

 少年マルコは、森の中で犬へ麺麭を与えているおれの姿を目にして、立ち止まった。

 誰かがいると思っていなかったんだろう、むりもない。驚き、硬直し、やがて、そのままじりじりとさがっていった。

 で、道まで戻って行った。

 すぐに、ミアの声がした。「あらあら! もうお戻りですかっ!」

 と、凛としているのに、陰湿な口調で言い返す。

 すると、マルコがこれまでとは違う神妙な口調で「………ミア」と名を呼ぶ。

「はーい、なんでございましょーか!」

 皮肉内蔵の返しをする。

「も………森の中に」

「森? なんですか、森の中がどうしたのですか」

「やばそうなのが奴、いたよ………ぱ、麵麭を………」

 神妙な口調は維持で言う。

 なんだか、すごく気味悪がられているぞ、おれ。

「麺麭?」と、ミアがいぶかしげな反応する。

「あ、ああ……」

 そして、マルコはいった。

「森の中で子熊に………麵麭やってる人がいた………」

 え、うそ、こいつ、犬じゃなくて、熊なのか。

 あ、よく見ると、けっこう、近くに、親熊もいたし、箪笥ぐらいの大きさの。

 わー。

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