いらいが

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 はじめて、来る土地だった、そして、言葉がまったく通じない。

 この数日間は、身振り手振りで、なんとか乗り越えた。持ち前の、ぬる、っとした人当りで、必死に食料を買い、躍起になって宿にも泊った。けれど、ぬる、っとした人当りでは、やはり、限界がある。

 おれは竜払い、竜を払う。

 けれど、この土地では、言葉が通じないので、竜を払う依頼を、どうやったら受け付けられるのか、まったく見えていない。いや、一度だけ、偶然、依頼を受けた。けれど、あれは、ただ運がよかっただけである。

 それに、この土地の竜払いが、どういう形態で竜払い依頼を得ているのかもわかっていない。竜は、この惑星のどこにでもいるだろうから、竜払いもまた、必ず、この惑星のどこにでもいる、はず。とはいえ、どの土地でも、その土地に竜払いたちの決まり事めいたものがあったりする。そして、それを無視して依頼を受けると、後々、やっかいな事態になりかねない。

 ただ、そんな心配の前に、まず言葉だった。この土地の言葉がわからない。ここから、まだまだ東の方へと向かうつもりだった、だとすると、この先、次々にあたらしい言葉が現れて、そして、その度に、相手が何を言っているのかわからない、話せない、ということが予想される。

 不安である。莫大な、旅への不安。

 不安を旅するような旅。

 で、道端で立ち止まり考え込んでしまう。

 そこは左右に麦畑が広がる道の真ん中だった。麦はどの大陸でも、つくっているらしい。

 今日の風は、そよそよ吹いていた。

 そうだな、せめて、竜払いの依頼はいつでも受けられるようになっておきたい。

 そう思い、近くの町に立ち寄ったとき、紙と筆、さらに数色の絵の具を買った。店の人に言葉は通じなかったものの、ぬる、っとした人当りで、購入を果たす。なぜか、薄荷棒も大量に買わされた。

 はじめは、この土地の言葉を覚えようかと思った。けれど、このまま東へ進んでゆけば、また、新たな言語に遭遇しかねない。

 そこで、自身が竜払いだとわかる絵を描き、それを相手に見せて一瞬で理解させる方法を考えた。絵で伝われば、言葉を覚えなくてもいいに違いない。

 という、言語学習時間を惜しんでの、あさはかな発想だった。

 とにかく、絵で相手におれが竜払いだと、わかるように。

 町の広場の縁石に座り、道具と一緒になぜか買わされた、大量の薄荷棒の一本を口にくわえながら絵にしてみる。口の中が、薄荷味ですうすうする。

 竜がいて、それを追い払っている、そんな絵を描く。

 絵など、これまで描いたことがなかった。とはいえ、何事も、試してみることが大事だった。

 やがて、絵を成させた。

 まず、竜が蛇みたいに細いし、それを払う竜払いの方は、まるで猫みたいな顔をした人間だった。

 総合すると、蛇を猫人間が追い払っている絵である。

 下手な絵である。

 けれど、いいか。

 完成。

 と、決めて、町を出て、まもなくだった。

 麦畑沿いにあった、とある一軒の庭に、子牛ほどの大きさの竜がいた。そして、家の主らしき、のっぽの青年が、ひどく困惑した様子で、庭先に鎮座する竜の様子をうかがっている。

 どう見ても、庭に現れたあの竜を払って欲しそうだった。

 そこで、おれは青年へ近づき、さっそく、さっき描いた説明ように絵を掲示する。

 そして、彼はいった。

「え、なんですか、その、わたしが生涯見た中で、もっとも、見る人をただただ苦しめるような絵は。いたく精神を攻撃されたような気持ちにされるのですが………」

 直球で愚弄された。

 けど、ひさしぶりに言葉が通じる人だったので、嬉しくなる。

 むろん、複雑な嬉しさである。

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