だきあわせはんばい

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 へんな竜をみつけ、東の空へと追い払った。

 誰の依頼を受けたわけでもないけど、いまはその竜を人の住んでいない場所まで追い払い続けようとしている。

 計画はこう、まず、その竜を東の空へ向かって追い払う。

 払う方向は常に調整しているし、竜の大きさと、与えた刺激の程度で、だいたい、飛んでいった先の着地地点、距離は把握できた。東へ向かって払い、それを追い駆ける。およそ数日かけ、その竜が着陸した時点まで行き、ふたたび、へんな竜を探し、みつけ、さらに東へ向かって追い払う。

 東には、人間は住んでいないとは聞いていた。

 だから、東へ、東へ、竜を払いながら、移動させてゆく。

 そんな旅をしていた。

 そして、大陸の東へ移動し続けた結果、おれはいつの間にか言葉の通じない土地にいた。

 いまは言葉が通じない土地の、とある町へ立ち寄っている。言葉がわからないので、町中で人々が交わし合う会話や、店の看板の文字も、わからない状況だった。

 言葉がわからない、文字が読めないのは、ひじょうに、心が不安定になる。けれど、お腹は減るので、しかたがない。

 不安定な心のまま町を歩き、やがて、店構えから麺麭屋らしき店を見つけた。そっと、中を覗き込むと、麵麭も棚へ並んでいる。

 言葉が通じない。はたして、無事に麺麭が買えるだろうか。

 けれど、金ならある。

 そうさ、金ならある。

 金があればいい。

 金のちからだけを信じよう。

 と、暗黒品質の発想を胸に、麵麭屋らしき店へ入る。中は薄暗く、他に客はいなかった。棚には多種多様な麺麭が並んでいる。得体の知れない麺麭もある。

 店の奥からは、しゃ、しゃ、と謎の音がしていた。見ると、店主らしき女性がいる。二十代くらいか、全体的に、ふんわりとした女性で、黒髪に驢馬をあしらった髪飾りをつけていた。表情は、異様に険しい。

 異様に険しい顔の、麵麭屋さん、なのか。

 しかも、麵麭切り用の刃物を研いでいる。しゃ、しゃ、っと。

 かりに言語が通じたとしても、じつに入りにくい店主のいる麺麭屋だった。ただ、もう入ってしまった。後戻りはできない。いや、出来るけど、まずは挑戦だった。挑戦する気持ちを失っては、生きることは、味気なくなるものさ。

 そんな、勇気を自家生産しつつ、中へ踏み込む。

 金ならある。

 その気持ちを、最後の砦にして。

 とりあえず、守りに入ろう。保守で生きよう。どこでもよく目にする、まるくかたい麺麭を選んだ。挑戦する気持ちを、またたくまに放棄である。勇気ある保守である。ただし、値段が書いていないのが、あらたな恐怖を誘発する。

 その完全なる守りで選らんだ、守り麺麭を彼女のもとへ持って行く。

「こんにちは」

 あいさつしてみたけど、彼女は険しい表情のままだった。

 まるで今日、全財産の入った財布でも、落としたかのような、表情である。

 いや、けれど、おれの方は金がある。

 金ならある。

 と、心の中で復唱し、おれは続けた。

「この麺麭をください」

 彼女は無反応だった。言葉が通じないからしかたない。

 と思っていると、麵麭斬り用の刃物を研ぐのをやめた。そして、刃物を置き、口をひらく。

「――――」

 なにを言っているのかはわからない。それで様子を伺っていると、彼女はおれ横に来て、さあ、こっちへ来い、と、やんわりと誘導しはじめる。そのまま店の奥へ連れてゆかれ、短い廊下を歩かされ、その先にあった扉をあける。

 そこは、建物の中庭らしく、色とりどりの花がささやかに咲いていた。ありったけの光が差し込む、その空間の真ん中に、大きな卓子があり、彼女の家族なのか、彼女にそっくりな顔の老若男女が座り、食事をしながら談笑していた。

 おれは、その卓子のそばまで誘導される。

 とたん、謎の食事が、一斉に食事と談笑をやめて、こちらを見た。彼女は家族へ向かい「―――、――――」と、何をいった。とたん、家族たちは立ち上がり、拍手した。

 その後、彼女はおれを店まで、連れ戻す。

 店へ戻り、そして、なにも言わない。ふたたび、麵麭切り用の刃物を研ぎだす。

 その場でしばらく待機していたけど、何も起こらなかった。

 そこで、とりあえず、麵麭の代金に適当なお金を台の上へ置くと、おつりらしきものを返して来た。

 買えたのか。

 買えたんだろうか。

 すると、彼女は歩み寄り、自身が頭つけていた驢馬をあしらった髪飾りを外し、 おれの髪へ着けてきた。それから、やさしい表情で麺麭を渡して来た。

 で、店を出て、麺麭を手に道を歩きながら思う。

 さっきの拍手なんだったんだろう。

 あと、髪飾り。

 そして、謎の最後のやさしい表情後に、麺麭を渡して来た。

 もしかして、髪飾りも買ったのか、おれは。

 わからない、なにも、わからない。

「おれの名は、ヨル」

 よかった、自分の名前はまだ、わかるぞ。

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