みずおけのこおり

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 昨日の昼、その家の前を通りかかったとき、水桶に水を注いでいる防寒服を着こんだ老人がいた。

 そして、今日の昼、同じ家の前を通りかかったとき、昨日とおなじ老人が、外の寒さで完全に凍りついた水桶の氷の中心に、器具で穴をあけていた。それから、槍の刃先をその穴へ突き刺していた。

 彼は、果たしてなにをしているのだろと、歩きながら見ていると、老人がおれの視線に気づき、頭をさげてきた。

 そこで、こちらも頭をさげる。

「こんにちは」流れで、あいさつし、同じ流れで「なにをなさっているですか」と、訊ねてみた。

 老人は「おお、うむ」そう反応し、それから自身の右頬へ手を添えながら「ほほ」と、笑った。「これはね、冬の終わりの準備」

 そういって、氷の入った水桶に突き刺した槍を見る。

 おれも一緒に視線を移し、やがて、同時に、視線を戻して、顔を合わせた。

「冬の終わりの準備」

「うん」

 老人はうなずいた。

「この土地で冬がはじまると、外の氷はぜんぜんとけなくなる。この水桶の氷も、冬の間は、もう、とけないだろう。そこへ、この氷に槍をさしておく。冬の間、氷はとけない、しかし、やがて冬が終わりはじめると、氷はとけてゆき、いつかは氷にさした槍が倒れる日がくる、音をたて倒れるんだ。その音で、ここに生きる者たちは、冬の終わりの始まりを知るんだよ」

 そう言い、老人はまた、自身の右頬へ手を添えた。

「むかしからある、このあたりの習慣だよ。外の水が氷ることで冬の始まりを知り、氷がとけて、槍が倒れる音で冬の終わりを知る。冬終わりの音というわけだ」

 なるほど、この土地にはそんな習慣が。知らなかった。

「まあ、いまでは温度計もあるし。ここいらでも、やっている人もすくない。一種のおまじないみたいにないものだからね」

 そういって、彼はまた、ほほ、と笑った。

 あの槍が倒れた日が、冬の終わりの始まりになる、か。

 その日まで、この町に留まることになったら、どうしようか。

 おれの首にはいま賞金がかかっている。これはこの町で、わずらった厄介ごとだった。できれば、この町を出る前に、この厄介を処理したい。

 ただ、いまのところ、打開策もなくひたすら問題が長引いている。

「とかっ、ゆだんさせといて、槍でどぇええええ!」

 直後、老人の目が豹変し、水桶の氷へ刺していた槍を握った。

 ああ、どうやら、彼も賞金稼ぎだったらしい。

 おれをゆだんさせるため、まさかの二日がかりか。

 老人は握りしめた槍で、おれの身体を突き刺す。

 と、そのつもりで握った槍だったが、早くも氷ついていて微塵も抜けるようすがない。おそるべき寒さである。そして、彼の方は勢いよく握って、一挙に抜いて振ろうと、身体を無理にひねったため、腰に莫大な負荷がかかり、なかなかの不具合を起こしたらしい。彼の腰から、こりん、という音が聞こえた。

 それから、老人は「いやあん!」と、奇怪な悲鳴をあげ、その場に倒れる。氷にささったままの槍は、びよよよよ、と、左右に振動し、やがて、止まった。

 なにからなにまでの、自滅である。

 確認すると、倒れている彼に息があった。虫の息的な息だけど、それもまた、息である。

 だからまあ、いいか。

 撤収である。

 こうしておれは、冬の終わりの音ではなく、彼の終わりの音を聞いたってわけさ。

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