かっそうしゃかい

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 日に日に、ぐんぐん、と寒くなり、いよいよ町の中心を流れる川も凍った。

 橋の上からは、凍った川の上を人が歩いている姿が見えた。人が歩いても割れないので、かなり分厚い凍りがはっているらしい。それだけ、この町が寒いのだという証拠でもある。

 氷上の上では鉄刃靴を履き、氷の上を滑っている者たちの姿もある。氷の上を滑るための専用の靴がある、とは、いぜん読んだ本に書いてあり、挿絵も描いてあったので、存在だけは知っていた。

 けれど、実際に氷の上を滑っている光景を目にするのは、はじめてだった。氷の上を、すーっと、すべってゆくその様は、ひどく奇妙に見える。ある種、二足歩行の身体的制約から解放されているようだった。難しいのか、まく滑れる者と、そうでない者には技術の差があるとみえる。すーっと、滑る者、そーっと、滑る者、そして、ときおり、すててん、と転ぶ者もいた。

 この橋からだと川が遠くまで見渡せる。川は、いまは、そのくねり、うねりのまま、延々と氷ついていた。

 そのとき、川の奥から氷上を、かなりの高速で滑って来る者の姿が現れた。赤い服に身を包んだ男性である。異様にてかてかした服だった。他の滑走する者とは、別次元の速度でこちらへ迫って来る。

 なるほど、あんなふうにはやくにも滑れるんだ、と、思っている。と、ふと気配がした。

 見ると、おれのそばに腕組みをした薄手の上着を着た二十代後半あたりの男が立っている。

 彼がおれのそばでいった。

「おっと、これはこれは、氷上の王のご登場だせ」

 腕組みを、にやつきながら言う。

 氷上の王。あの、ものすごい速度で滑って来る、赤い男性のことだろうか。

 すると、背広の彼が続けた。

「みごとだぜ。川の曲線にそって理想的な突入速度、外、中、外と、無駄のない線どり。加重移動にもすきがないぜ。さすが氷上の王だ。いや、おそろしくもある、この川を滑らせたら、奴に叶うやつなどいない。」

 なにかを、しゃべっている。

 やがて、その氷上の王の前方、急角度の氷上が迫った。

 その直後だった、氷上の王が曲線へ入った途端、背後から、黒い滑走者が迫る。

「な、なんだ奴ぁ!」おれのそばの背広の彼が驚愕した。「まさか、あいつ、氷上の王に挑むつもりか! いや、しかし、その速度では、あの曲線は曲がりきれんぞ!」

 すごく興奮しているぞ、なんだろう。

 よくわからないが、きっと、興奮するに値する事態なのだろう。

 ん^、そうか。

 彼は橋の欄干を掴み、前かがみになって叫ぶ。

「あの黒い奴! だめだ、あきらかに速度の出し過ぎだ! あれじゃあ、曲がりきれねえぇ、へ、下手すると事故る! これは、やっちまった!」

「い、いいえ、これは―――」

 とたん、おれの反対側から女性の声がした。

 しゅっとした身体の、二十二、三歳の長い黒髪の女性だった。彼女も動揺している。

 急に現れて、動揺している。

「か、彼―――まさかっ」

 まさか。

 というか、誰だ。君は。

 その後である。別の気配が発生した。

「王の線を」斜め後ろに、すごく貫禄のある、頭巾をつけた大柄な男が立っていた。彼は、ごくり、喉を鳴らし、彼は言う。「殺す―――」

 で、背広の彼が頬に汗をかきながら「ち、ちがう! 奴め、こ、これはぁ!」と、さらに驚く。

 近くで叫ばれたので、すごく鼓膜がいたい。

 女性が「そ、そんな」と、言い唖然とした。

 次に大きな男が「あいつ、あいつ―――」と、動揺している。

 そして、背広の彼がいった。

「こ、氷の部分じゃなく、凍ってない川辺を全力で走って、王を抜いただとぉぉ! 滑らず、地面を走って抜くだとぉぉぉ!」

 なにか、とんでもない技をやったらしい。

 ただ、まあ、おれに理解する気は、ないよね。

 とにかく、寒いから、みんな早く家に帰れりなよ。

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