はなしはつもらず
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
雪がふりそうだった。
この港町に滞在して以来、ずっと凍るような寒さだった。けれど、雪はふったことがなかった。
けれど、こうして窓の外に広がる空の様子から察する、いよいよ雪がふりそうだった。
今日は午前中に依頼を受けて、竜を追い払った。とある民家の屋根の上に出現した猫ほどの大きさだった。竜を払った後で町へ戻って来た。そして、昼食をとるために、大通りにあった食堂へ入った。入ってみて気づいたけど、そこは洒落た内装の店で、食堂というより、珈琲場といったい場所だった。幸い、ちょっとした食事は食べることができる。
窓際の席に座り、注文した料理が来るまで、窓の外へ視線を投げた。そして、足早に行き交うこの町の人々の様子と、空を過ごす。
背負った剣も外し、一息つく。
店内には、それなりの数の客もいた。それぞれの席の距離が近い。
ふと、すぐ隣の席の話し声が聞こえて来た。
「見ろ、ついに発見したんだ」四十代くらい男性だった、草臥れた背広を着ている。男は同席している男へいった。「宝箱だ」
それから男は食台の上へ、猫ほどの大きさの箱を置く。長方形で、蓋の部分が半円柱になっている、真っ赤な箱だった。鍵もついているようだった。
「うちの実家で発見した。宝箱だ」
向かいに座っていた男は「宝箱」と言った。その男も宝箱の彼と同じ歳くらいで、同じような劣化具合の草臥れた背広を着ていた。
「ああ、そうだ、宝箱だ。あったんだ、うちに」
「宝箱が、おまえんちにあったのか」
「そうだよ、あったんだよ、これが」
と、宝箱の彼は、宝箱の側面を、とんとん、と叩いてみせる。
「うちの屋根裏にあった」
「そうなのか」同席の男は宝箱を凝視する。「それは本当に宝箱なのか」
「なにいってんだ、どう見ても宝箱だろ、この形の箱は。鍵もついているし」
「中は確認したのか。宝は入ってたのか」
「いや、鍵がかかっててあけられないんだ」
「宝が入っているかどうか未確認なら、宝箱じゃない可能性があるよな」
「でもよ、どう疑ったって、宝箱の形してるだろ、この箱」
「いや、宝箱っぽい形してる、道具箱なんじゃないのか」
「なにいってんだ、この形は、ぜてぇーに宝箱だろ。ほら、この丸い感じの蓋とか。鍵もかかってるし」
「だいたいさ、誰が決めたんだよ、その形の箱は宝箱なんだって」
「ええ? 知らねえよ、でも、宝箱っていったら、むかしっから、この………半円? そう、半円の蓋って形って決まってるし。そこは、まあ、人類の積み上げた歴史があるから、くつがえせねえよ」
「しかも、その宝箱ってさ、そこの蓋の部分が丸いだろ? それじゃその上にさらに箱とか詰めないだろ。収納のこととか、無視した形ってさ、どうかと思ってんだよなー、かねてより」
「ええ? いや、それは、あれさ、あれ。た………宝箱の上に………さらに箱詰むとかしないだよ」
「なんでだよ」
「なっ、なんでだ? そりゃあ、おまえ………決めたんだよ、どっかでさ、宝箱の上にはー、他の箱を詰むとなしだー、とかさ。宝箱に関しては収納とか度外視してこーって、な。人類の積み上げた歴史の中で、誰かが決めたんだよ」
「それはどこの誰だよ」
「誰かだよ、人類の積み上げた歴史で、宝箱の何たるかを決める決定的な場面で、当時一番権力があった奴が決めたんだよ。宝箱は以降、この形でいくべし、ってな」
「そんなの権力の乱用だ」対面の男は言う。「権力者に屈するのか、おまえは」
「おれが屈したわけじゃない」
「でも、おまえ宝箱をその権力者の意のままの認識でやってってんじゃねーか」
「しかたないだろ、人類の積み上げた歴史の中でそうなったんだから。人類の積み上げた歴史をなめるな」
「じゃ、なにか、おまえは人類の積み上げた歴史の中で決まったことは、なんだって疑わずにいるってのか、現代を、この瞬間を生きる者として」
「いや、本格的にうっせぇな、おまえ。人類の積み上げた歴史をいちいち疑ったり問うてったら、きりがないだろ。そんなもんを、ぜんぶ疑って生きてたら、それだけで人生終わるぞ」
「なんだよ、いいじゃないか、そういう人生もありだよ、ああー、俺は好きだね、そういう味わいぶかい生き方をする奴は! ああ、好きさ!」
「おっ! てめぇはまた、そうやって勢いだけで強引にやりすすめようとしやがって! いいか、人類の積み上げた歴史ってのはな―――」
と。
隣の席では、つもらない話が延々と続けられてゆく。
いっぽうで、おれの頼んだ料理はまだ来ないので、この席にずっと座っている必要がある。隣の席の会話を至近距離を聞くかたちにある。なし崩し的に聴覚が消耗される。じつに、苦痛である。
とにかく、人類の積み上げた歴史の末端にいる、おれの不満は積もる。
で、そうしている間に、外ではふりだしていた。
ああ、雪か。
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