かくてがたき

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 髪が伸びた、手入れが必要である。

 で、旅暮らしで困ることのひとつに、腕いい散髪屋探しである。

 旅先で、うっかり、あまり知らない町の、あまり腕前のしらない散髪屋に入るのは、危険である。奇妙な髪型にされてしまう可能性があった。

 そう、奇妙な髪型で生きるより、非奇妙な髪型で生きていきたい。

 ということで、腕のいい散髪屋を求め、いろいろ凍てつくこの港町をゆく。この町にはそれなりに滞在しているので、すでに何か所か、散髪屋の看板がある場所は把握している。とりあえず、その店のどこにするか、様子を探ってみることにした。

 で、どうやって探るかというと、例えば店構えである。看板が斜めになっているとか、滅びかけとか、店の奥が暗くなっていて、中が見えなくなっているとか、そういう部分を見るような、けっきょく安易な探り方でしかない。

 やがて、辿りつたその散髪屋の店構えはよかった。看板も斜めになっていないし、店の前もよく掃除されている。

 場所は鍛冶屋や木工屋など、町でも職人たち店が軒を連ねる通りだった。店の扉は大きく開け放ており、店内で客が髪を切っているのも見えた。中も明る。

 そこで接近してみる。

 すると、店の中から散髪屋の主人の声が聞こえてきた。

「てめぇは、でてけぇ!」という声が聞こえた。声と言っても種類的には怒声である。「このどぐされがぁ!」

 どくされとは、なかなかの罵倒だった。直後、店の中から、髪の長い三十代くらいの男性が「ひいぃ」と、悲鳴を上げながら飛び出し、そのまま、彼方へと走ってゆく。

「うちはなぁ、角刈り一本でやってんだよ、どぐされがぁ!」

 店長らしき男性が叫ぶ。おおよそ、五十代くらいの年齢だった。短い期間に、どぐされ、という罵倒が二回出したので、どぐされ、という罵倒が好きとみえる。

 彼のその頭部は鋭角な角刈りで、手には挟みを持っていた。

 すると、店の中からあきれた口調で男性の「おいおいおい、大将よぉ、まーたお客を追っ払ったのかい」という声が聞こえた。

 店の中をのぞき、声のもとをのぞくと、角刈りの男性だった。

 常連客なのかな。

「いやはや、へへ」大将と呼ばれた店長は、照れながら言った。「うちはさ、ずっと角刈り一本だけでやってきましたからねー、だいたい、ここらの職人は、うちで、角刈りにして、ようやく一人前って感じなんですー」

「大将、それ、自分で言うんですか」

「へへ、よくばりですかねい、お客さん」

「んん-、いいんじゃないのー」

 と、店内では大将と常連のなれ合いが展開されている。

 そして、大将はいった。

「とにもかくにも、うちの店じゃ、角刈り、ね! 角刈りだけよ、角刈りだけで勝負してきたんだ。これからも、角刈りしか、おれぁやらない腹ですぜ、お客さん。どんなことがあってもね! この魂に誓ってさ!」

「いいいいいいいねええ!」

 大将と常連のなれ合いは、いよいよ、最高潮である。ははは、と笑いあっている。

 そのとき、おれの足元を五歳くらいの女の子が、とととと、と通過した。髪がぼさぼさである。

 彼女は店内に入りと、大将にいった。

「かわいいね、かみがたに、してー」

 無邪気に発注する。

 大将と客の笑い声がきえた。

 女児は言う。

「ねー、きってー、かくがりはいやー、はい、おかねー」

 無邪気のまま、突き進んでゆく。

 大将はどうでるんだろうか。と、思って動向をうかがっていると、ひどく困惑して、落ち着きを失っていた。

 女児に、角刈り。

 あるいは、さっきの青年のように、追い払うのか。

 いま、彼に人間として重要な何かが試されている。

 と、思っていると、ふと、少し離れた場所から、この状況を、ほくそ笑んで眺めている三十代くらいの女性を発見した。女児と顔が似ている。

 大将が追い詰められているのを、楽しんでいる様子だった。

 黒幕感がある。そこで、彼女へ訊ねた。

「黒幕ですよね」

 すると、彼女は答えた。

「はい、さっきの追い払われた夫の仇です」そう回答し彼女は狼狽する大将を見ながら「どぐされが」といった。

 なるほど。

 おれは髪を切りたいだけなのに、なんで、こんな特殊な光景を見なければならないのだろう。

 ああ、生きるって、むずかしい。

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