それをがいぶじゅちゅうに

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 剣を所持して歩いていると、この街ではしばしば声をかけられる。

 いや、地区にもよる。ただ、とくに街の中心部から離れた地区では、その種の声をかけられがちである。

「そこのー、あなたー、そこのー、ござい」

 その日は、口の上あごをかすめつつ放たれたような声に呼び止められた。

 場所は酒場の並ぶ一通りだった。真昼だったけど、どの酒場の席の半分は客で席がうまっていた。なぜか、路上へはみ出した座席の方に人が集中している。太陽の光をあびながら飲みたいらしい。

 で、声をかけられたのは、通りの少し開けた場所だった。そこのは数名の大道芸人が芸を披露、あるいは、音楽家は楽器を演奏している。

 おれの前に現れたのは、前髪のひとふさを前へ垂らした男だった。二十代後半くらいか、丸に、点、みたいな、目をしている。腰には木剣をさげていた。

「おまちなってー、ござい」

 いま、ござい、っていったな。

 ござい。

 語尾に、ござい

 と、その聞きなれない語尾にひっかかり、つい、足をとめてしまった。そこへ彼はしゃべりだす。「あなたはー、たかい、剣の心得があるとお見受けなさるで、ござい。さあ、どうでしょう、ぜひー、わたくにて、剣のおためし戦闘をいたしませんか、で、ござい」

 ござい、ござい、言ってるな、やはり。

 そうか、聞き間違いじゃなかったか。ならよし、と、そこに奇妙な安堵をしている自分がいた。

 それはさておき、剣のおためし戦闘とは。

「有料でお相手いたします、いいえ、わたしはー、なにがあっても手をだしません、で、ござい。この木の剣はですねー、あくまでお客様の剣を受ける以外には、使用しません。あなたの方はー、その、腰の剣で、好きに、わたしへ斬りかかってください、どんな攻撃も、必ず避けてみせますで、ござい」

 客の攻撃をすべて避けるみせる商売なのか、物騒な商売だ。よほどの技量がないと、不可能だろうに。

 すごいな。

 けれど、おれは人と戦うのは得意ではない。竜払いである、この剣は竜と遣り合うための剣である。

 おれは素直に「やめときます」と、返した。

「そうですかー」

 と、青年はあっさり受け入れ、離れてゆく。

 そして、おれも通りを歩き出した。

 すると、すぐに。

「そっこのぉ、おにいすわぁーん!」

 あらたに、別人から元気よく誰かから声をかけられた。見ると、両の眉毛の先が二つに分かれた青年だった。

「どうですか、おっにいさん! ひとつ、ぼっくの挑戦受けませんかい! いいえ、おっにいさんが勝てば無料です! しかも、お酒つき、この瓶ごとあげちゃう!」

 なんだ、また物騒な商売だろうか。

「笑いの芸でごっざいますよ! いまからわたしの笑いの芸で、もし、もしも六十秒以内に、おっにいさんが、笑わなかったらー、このお酒をあげます! もし、もしも、もしももしもぉ! 笑ったらー、お金を払っていっただきますっ!」

 そう説明し、きき、っと笑った。

 笑ったら、客がお金を払う。

「どんな人でもかならず笑わしてみせまっすぜ! どうでしょう、お客さんっ!」

 ぐい、と身を寄せて売り込んでくる。

 そのときだった、おれの背後から「よし、頼もう」と、声を発した人物がいた。

 振り返りと、黒い背広に黒い帽子、あるひの頭みたいな形をした杖をもった、着た、紳士だった。六十代くらいか。

 じつに、お金を持っていそうである。

「おやっ、とっ、だんな、ありがとうございます! では、さっそく!」

「笑わせるのは、わたしではない」

「ん、といいますと」

「そこで剣を商売にしている青年だ、あの子だ」

 紳士の視線の先には、いまさっき、おれへ剣でよけ続けるという物騒な芸を提案した青年がいた。壁際に立っている。

「あの青年を笑わせてきたまえ。ただ、無視されてはいけない、青年にはこの金を渡して、戦闘を体験するという流れで接触したまえ」

 そういって、紳士は笑いを売る男へ金を渡す。

「おおん、えー」金を受け取った男は、数秒ほど要領を頭のなかで整理するような時間をとり「ま、まー、そうですか、はい、ぜんぶ、りょうかいでっす!」と、受け入れ、あの剣の青年へ向かって行った。

 紳士はその場にいた。近づかない。

 やがて、笑いを売る男が、剣の青年に接触を開始した。

「あの、剣の青年は、わたしの息子なのです」

 え、おれに話かけるのか。

 しかも、息子って、重そうな内容である。

 急な心の負担の予感がした。

「数年まえ、家出したっきりで。ようやく、この街で見つけました。あの子はどうしても剣に生き、剣に死にたいと。そのためには、この街に着くしかなかった。わたしは反対しました。それで、仲違いを。しかし、いまさら、わたしは、彼には会えません。だから、せめて、いまは、あの笑顔だけでも見たいんです」

 親子なのか。顔の似てない親子だな。

「だから、いまはせめて、あの子の笑顔だけでも………ござい」

 ああ、親子だ。

 と、思っていると、離れた場所で、笑いを売る男が、陽気な動きだす。はじまったらしい。

 そして、ひかく的、すぐに剣の青年が木の剣で男を叩き切った。こちらからは、決して斬らないといっていたのに、斬った。

 笑わそうとして、なにか彼の逆鱗に触れたらしい。

「こうして、わたしは、息子の笑顔を取り戻しに失敗した、で、ござい」

 と、紳士はいった。声にして言う必要のない、発言の最高峰である。 

 いずれにそろ、我が子の笑顔を外注とかで見ようとか、そういうところなんだろうな、彼の家出の理由。

 そう思ったが「そうですか」と、おれはいい、それから続けた。「話かけないでください」

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