とうかせんぼん

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 この街には、大きな川が流れている。

 そして、川にはいくつも橋がかかっている。どれも立派で見事な橋ばかりだった。

 橋なかには目を奪われるような装飾が施れいるものも多い。一日中、川にかかる橋だけみて回れば、それなりの美術館ひとつを巡った気持ちになる、というほどである。

 それはそれとして。

 今日は、エマの手伝いで、小さな竜を捕まえに行った。おれは腰へ剣をさげていったものの、今日もこの剣を鞘から抜く場面は不在だった。小さな森をかけまわり、ねずみほどの大きさの竜を捕まえた。で、捕獲した竜をしかるべき場所へ届けた頃には、夜になっていた。」

 エマ、彼女とは用事があるよいうので途中で別れ、ひとり帰路についた。

 ひとり街を歩く。そこは、灯がほとんどない無い地帯だった、開いている店もなかった。主な明かりは、月明かりだけで、その月にもいまは雲がかかっている。

 静かな夜だった。街の大動脈のように流れる、川の音がよく聞こえる。

 そして、とある橋へ差し掛かり、川を渡る。

 橋をわたるのはおれひとりだった。見ると、川の水面には、雲に見え隠れする月明かりが、映っては、消え、映っては消えてを繰り返す。あまりに静かだった。

 そして、橋の丁度、真ん中あたりまで来たとき、向こうから、何者か歩いて来る。

 足運びから明確な殺気を感じた。

 ただ、殺気の質は悪く、ざらついている。殺気もあるが、安定感のない。

 そして、よわい月明かりの中みえたのは、こちらへ近づいて行くひとりの男だった。右手にはすでに抜き身の剣を持っている。

 さらに、背中には二本、剣を背負っていた。

 おれは立ち止まり、相手の出方をみる。

 これから心当たりのない襲撃をされようとしている。その理不尽はまず無視し、ただ、備えた。

 襲撃者は少し離れた距離で止った。片手に剣を持ち、その切っ先を、おれへ向けた。

 顔には布を撒き、両目だけが出ていた。身体は大きく、猫背気味で、粗雑な着こなしの衣服を纏っている。

 そして、男はいった。

「おまえのその剣をいただく! 大人しく、ただ黙って渡すといい、さもなくば、戦に! ここで斬って奪うのみ!」

 しゃがれた声だった。前置なく、理不尽な要求と、物騒なことを言う。

「剣」

 と、おれはいった。

「そう、剣! 千本だ!」と、襲撃者はしゃがれた声で続けた。「千本の剣を集めている! お前の剣も、わたしの集める千本に加えてやる、名誉に思えぇ!」

 剣を狩っているのか。しかも、千本。

 で、おれは、反射的に「いま、何本目なんだ」と、訊ねていた。

「二本目だ!」

 襲撃者は大きな声でそう答えた。

 二本目。

 すなわち、三本目なのか、おれは。

 奴にとって、すごく、初回の方の狩りなんだな、おれは。

 けれど、千本も狩るのか。おれを含めて、あと九百九十八本を。

「ふがはっ! この二十日で、すでに二本狩ってやったさ!」

 と、男はじつに得意げに言う。

 二十日で二本。つまり、十日で一本である。

 となると、単純計算すると百日で十本、千日で百本。千本狩るには一万日かかる。

 一年が三六十五日で、うるう年は除外したとしても、千本達成するまでには、おおざっぱに計算して。

 おれは「その間隔で狩ってゆくと、二十七年以上かかる」と、だけ伝えた。

 すると、男はやや、時間をあけ「あい?」と、いった。

「十日に一本だと、千本目までに、二十七年以上かかる」

 そう告げると、男は、ふたたびやや間をあけ「たわけが!」と、叫んだ。

 きっと、現実逃避の一貫と考られる。

「いや、かりに、おれをここでやっつけてからこの先、十日間に一本狩る頻度だと、あと二十七年近くかかる、千本目まで」

 そう返すと、男は数秒ほど黙った。やがて、また叫んだ。「十日、に………一回ぐらいの間隔をあけて戦わんと、身体が持たぬのだ! こちらとらぁ!」

「最悪な身勝手理論のご登場だ」

「い、一戦交える度に、どこか怪我するんだよぉ! 疲れもとれんのだぁ! ゆえに十日間の休息はゆずれんのどわぁ! それにぃなあ仕事もしなきゃ生活費を稼がなきゃいけないでしょうがぁ! 剣を狩るだけで食べていけないでしょうがぁ!」

 そうか、これは理解する必要のない案件なんだな、と完ぺきに認識した。

 ただ、これだけはどうしても気になり、けっきょく聞ていた。

「なぜ、剣を千本狩る」

「むろん、この街で、剣で名をはせるためぇ!」と、男は怒鳴り、そして「この、ばか!」と、ただ、愚弄してきた。

 だいたい、毎回戦って怪我するなら、向いていないのではないか、剣の世界に。

「ふがはっ! この街では剣が強いことのみが頂点へ道だぁ!」

 いって、男は斬りかかって来る。

 おれも腰へ剣をさげている。けれど、この剣は竜を払うための剣だ、人と戦うための剣ではないし、おれは竜払いだ、対人戦闘は専門外である。

 ここで剣を抜きはしない。

 にしても、男の動きはおそい。おどろきのおそさである。竜とは比べものにならない遅さである。

 剣先を頭上に構え、ゆっくりと向かって来る、とてつもなく鈍足だった。少し、ふらふらもしている。もしかして、背中に背負った二本の剣が重いのか。

 おれは相手には向かい合わず、後ろへ身を大きくひき、橋の上を馳せた。

 すると、男は必死に走って追跡して来た。けれど、背負ったふたつの剣の重力に体力は、またたくまに男の体力を奪われてゆき、橋を渡り切る前に、足を大きくもたれさせ、背中から派手にこけた。固い橋の地面に後頭部をぶつけ、ごぶん、と大きな音が聞こえた。

 で、そのまま動かなくなる。

 自滅による、絶命か。

 確認するため、おれは、橋の上に倒れた男へ歩み寄った。息はしていた。痛いのか、少し鳴いている。顔を覆ってた布がとれて、露わとなった素顔は、年配の男のものだった。

 おれはつい「歳は」と、訊ねた。

 男は倒れ、意識朦朧のまま「七十……二歳」といった。

 ということは、千本の剣を狩るまで、約二十七年かかるとして。千本達成頃には、九十九歳。

 そうか。

 長生きする、自信があるらしい。

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