ぼうろんりてき

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 このあたりの土地で、いま剣術の強さで名をあげることが流行っているらしい。

 どうやって、名を上げるかというと。

「貴様も、究極の剣技を目指す者なら、ぼくと勝負したまえ」

 と、まず町中、非町中に限らず、剣を持っている相手を見つけて、勝負を挑む。

「貴様と、そして、ぼくの編み出したこの剣術のどちらが優れているか。ここで、決めようではないか」

 いっぽうてきに、挑む。

 ちなみに、このあたりで、独自につくりあげた剣術など使いがちである、そういうのも流行っているらしい。

 で、おれは、いま、彼から剣の勝負を挑まれた。

 場所は、とある町中で昼間だった。麺麭屋で、あまそうな麺麭を買って、さあ、どこに座って食べようかな、と、視線を巡らせていると、彼と目があった。

 察して、すぐに、しまったと思った。はやく、麺麭が食べた過ぎて、気を抜いていた。まずそうなのを、思いっきり見てしまった。

 彼の年齢は二十歳か、あるいは、十代後半の可能性もある。腰へ細い剣を吊り下げ、顔には眼鏡をかけていた。

 じつに、気難しそうな表情をしている。

 ただ、剣の勝負を挑まれたものの、おれの背中に背負った剣は、竜を追い払う、竜払い用の剣である。この剣は竜を払うための剣であり、剣身は鉄で出来ていない、さらに、特別に刃も入れていないので、何も斬れない剣だった。

 おれはこの剣で、竜を叩いて、追い払っている。

 けれど、向こうは、こちらの背景など察しないし、知ろうとする気配もない。だいたい、いくら相手が剣を持っているからといって、これから麵麭を食べようといる人間に、剣の勝負を挑むような生き物である。

 限りなく、迷惑だ。

「さあ、貴様にぼくが自力で開発した、この、論理の剣に勝てるかなぁ」

「負けでいいです」

「論理の剣、とは―――」

 勝ちを譲ったのに、何かの話が開始される。

 この場合、おれの負けを聞き入れていれば、もう、戦わずして、そのまま勝ちを獲得できただろうに。話を聞かないことが、純粋な損失と化している。

「論理の剣とはつまり、論理によって、完成した剣」

 その説明だけを聞いて、あまり知的そうな剣術だと思えないのは、おれだけなのだろうか。

「つまり、こういうことだ」言って、彼は鞄から革製の大きな手帳を取り出した。さらに筆も手にする。「こうして方程式で考える剣のさ。では、さっそく、この勝負においてぼくが、勝利する、という証明を計算してみよう。式に条件設定してゆくんだ、つまり、勝負、かける、剣、は、勝利、とね、しかぁし、これだけでは、勝利を証明するには条件がたりない。そこで逆算で考えみよう、勝利、に、必要なのは、勝負、かける、剣、もしくは、勝負、わる、剣、かもしれない。だが、そもそも、勝負、という定義もまた、ひとつの大きな塊として設定するのは、単位が大きすぎる。すなわち、すなわち! この勝負という、変数そのものを計算し、証明することが必須であり―――」

 しゃべりながら手帳にたくさん何かを書いている。

 彼がなにを言っているか、よくわからないけど、きっと、生涯にわたってよくわからないままでも、だいじょうぶそうに思えてならないし、あと、彼が口に出している、論理というのは、はたして、本当に論理として扱っていいのかも、濃厚にあやしい。

 いずれにしろ、長引きそうである。

 ここで麺麭を立ち食いしてしまおうか。そう思い始めた頃、彼の表情が明るくなった。

「とけたぞ、式がぁ!」

「よかった」おれは麺麭を見ながら言う。「では、ここから消えてくれ」

「式でぼくの勝利が証明されたぞ!」

 話は聞かず、一方で、なかなかの歓喜で、こちらの嘆願を聞いていない。

 彼は、手帳を掲げ小躍りした。

 かと思うと、急変した。

「やや! うごぉ、だめだ! よく見ると、式が間違っているっ! こ、この式では、ぼくの―――負けだっ!」

 今度は両手で手帳の端を掴み、ぷるぷるふるえながら、膝をおって、地面へ倒れる。

 涙を流している。その涙は、なんの涙なのか、論理的に説明してほしい。

 で。

「いや、間違っているのは、式ではなく、君の生き方だ」

 こちらからは論理ではなく、ただの真心からの愚弄を算出しておいた。

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