かみなりですよ

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 まだ昼間だったけど、次の町へはかなり距離があるようなので、今日はこの町に泊まることにした。

 晴れていたし、きれいな川もあり、過ごしやすそうな土地である。

 で、本日、泊まることにした宿屋の主人から、世間話の流れから、その話を聞いた。

「剣術がねえ、流行ってるのよねえ、ここ数年、ここいらでさ」

 四十代くらいの宿屋の主人は、はたして、寝ぐせなのか、そうではないのか、不明の髪型をしていた。

 そして、腕組みをし、その髪をゆらしながら話を続ける。

「剣術で強いことが、一目を人からおかれるんだ、この土地ではね、とくに若い人はそう」

 その話はきっと、彼はおれが剣を背負っていたからしたのだろうとも思われる。

 とはいえ、おれの所持している剣は、竜を払うための竜払い用の剣である。人と戦うための剣ではない。

 話を聞き、おれは単純に「なぜ、剣で強くなることが流行っているのですか」と、訊ねてみた。

「つまり、剣術で強くなって、名をあげれば、弟子入りが来る。弟子をいっぱいとれるほど有名になれば、ほれ、剣術の教室だか、道場だかをひらいたりして、稼げる道も開かれるからね。まあ、他より目立つように、独自の剣術とかもつくったり人も多いいいよ、たくさんいる。とにかく、ここの土地では剣術で有名になって、人気なれば、まあまあの生活ができるようになる、ようは、出世の手段になるのですよ、剣で強くなることが」

 そう説明した後で、彼はさらに続けた。

「あと、私が個人的に思うにね、剣が流行ってる、理由、流行っている説」

「はい」

「ここらは、大陸の東の終わりで、あの道の終わりなんですよ、ほぼ」

「はい」

「そこで、たとえばですよ、ここまで道は終わり、そして旅の終わりに近づいた時、ひとは、ふっと、こう考えるのではないかと」

「というと」

「旅人は、道の旅の終盤で、こう考えるのです、あれ? こうして、東の果てまで続く道を修業の旅みたいなのをしてきたけども、実際は、その旅を楽しんじゃうことに夢中で、じつは、なにも得てるものがないかもしれなじゃないかな? 旅の経験による、成果物のようなものがないんじゃねえか………うーむ、おお、そうだ、剣だ、こうして旅の護身用に剣とかもってるし、いっそ、剣の業とかで名をあげようかなぁ、だってさ、たいていみんな旅の装備に剣は持ってるじゃんかぁ、ということは、剣の勝負挑むという形式は成立するぞ、ははーん、なーに、いきなり、剣の勝負を挑めば、向こうはほぼ対戦拒否するだろうし、そうなれば、不戦敗ということで勝ったことにし―――ってなわけで、剣で戦って、どうこう、ってのが、流行ったんじゃないかと」

 宿屋の主人は、途中から、小芝居を入れて説明してきた。

 そして、聞かされた方としては、ただの不備満載の暴論という印象を受けた。

「いえ、私のただ暴論ですがね、しょせん」

 宿屋の店主も、そこは認識しているらしい。

 なら、なによりだった。

 それから、おれはまだ陽も高いので、宿を出て、近隣を散歩してみることにした。町を流れる川にそって、歩いてみる。

 川は穏やかに流れていた。風が吹き、小さな葉が水面に落ち、それは天然の葉船となって水面を進んでゆく。おれは、それを歩いて追いかけて歩いてみた。

 やがて、水の流れ町の外側へたどり着いた。あたりは、草原に近く、青々としていた。そして、一本だけ高い木が生えていた。

 そのとき、気配を感じた。

 一本だけ生えた木の後ろから、彼は現れた。

「そこのあなた」

 前髪の右だけが異様に長く垂れさがった男だった。腰には黄色い鞘に入った長剣をさげている。

 おれより、あたま半分ほど背が高く、全体的に長く細い体形である。

「ぼくと、剣で勝負していただけませんか」

「いやです」

「では勝負を」

 彼はこちらの最短拒否を完全に無視して、己が願望を押し進めてきた。

 場所は町から離れた草原である、他に人はいない。この理不尽な状況の目撃者が零であることが、なんだか、つらい。

 というか、これか。

 ここらへんで剣術が流行っているという、れいの宿屋の主人の話のあれか。

 いや、そういえば、少し前にも道を歩いていると、人からいきなり剣で勝負を挑まれたことがあった。

 なるほど、本当に、流行っているのか、ここのあたりで剣が。

 しかも、その話を知って、すぐに巻き込まれたぞ。

 いやな流行だな。大将級の迷惑である。

「ぼくの、かみなり剣で、あなたと戦いたい」

「かみなり、けん」

「あなたも、同じ剣士でしょ、だから、わかるでしょ、戦いたい、ぼくの気持ちが―――」

「おれは竜払いなのであり、君と同じ剣士ではないため、君の気持ちはわからないです」

「ゆくぞ、我が剣術、かみなり剣、かみなりの如く斬る、我が味わうがいい」

 だめだ、会話が通じない。

 そして、こういう感じの人は、絶対に刃物を扱ってはいけない気がする。

 そう思っていると、急激に空模様が悪くなってきた。空が灰色に曇り、草原全体が翳り、雨が降り出しそうになる。

 風も強く吹いて来た。

 彼は木を背につつ、鞘から剣を抜く。

 やがて、雲った天空で、かみなりが鳴りだす。

「むむっ」

 と、かみなり剣の彼が刮目した。

「かみなり、こわっ。え、この木に落ちたししないよな…………?」

 背後に位置する高い木を振り返り、かみなりを恐がった。

 直後、その木に、かみなりが遠慮なく落た、木が吹き飛んだ爆発した。近くにいた彼は衝撃で吹き飛ぶ。どうやら、かみなり自体は彼には直撃していなので、地面に倒れているものの、絶命はしていないようすだった。ただ、長い前髪がこげていた。

 これが、かみなり剣か。

 かみなり剣を味合わせようとした君が、かみなりを味わうという、どうしようもない、決着がいまついた。

 そして、こちらに一方的に迷惑な剣の勝負を挑みながら、勝手に怪我し、倒れ、他の誰もいないので、けっきょく、おれが町まで運ぶしかないという、おれへ莫大な不利益を与える、剣。

 おそるべき剣である。

 いや、まあ、ほんとうに、おそるべきは、かみなりですよ。

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