とみきった

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 この土地にある、東へ向かうこの道は、誰も自由に使って歩いている。

 そう、誰もが自由に歩いている。

 ということは、どんな人が歩いてもいい。

「やぁい、あなったぁ、ひあぁ」

 そう、たとえば、早朝から、顔色からして、確実にかなりの飲酒量であると思しき、人がこの道を歩いていていい。

 酔って、左右にずっと揺れているような人が歩いていてもいい。

 そんな状態で、腰に鞘におさめた長剣を下げた人が歩いてもいい。

「やいやいよー、あなったさぁー」

 二十五、六歳くらいだろうか。茶色髪にうねりのきいた女性だった。金色の小さな髪留めと、金色の指輪を朝陽に反射させつつ、ろれつのあやしい口調で、歩いているおれを呼び止めた。

「あなた………ってば、あなたよぅ………」彼女は、ふらつきながら声をかけ、歩き、右側を通り過ぎようとしたおれを指さした。「あなたよー………あなた、だ………いまここに……あなたしか………そう………いまわたしには………あなたしかいない………とかいう意味ではなく………ひは、そういうあなたぁと………いう意味で……よびとめたぁあなとわぁという意味においてぇの………」

 酔って、ふらつきながら、何かを伝えようとしてくる。

 おれは立ち止まり、少し考えてから「だめそうですね」と、伝えた。

「あなたぁ、す、優れた戦士ねえぃ………ねぇ………さてうぁ………ひ……ひあ………ひああ」

 いって、彼女は懐から細い酒瓶を取り出した。香りからして酒である。彼女はそれを、かさかさの唇へ添えて、あおった。

 その状態で、まだ飲むのか。

「わたしと、わたしとぉ………しょうぶせい」

「しょうぶ」

「し………試合じゃい」

 そういわれ、おれは考えてから「そういうの医者にとめられていますので」と、雑な虚偽で返す。

 それから一礼して、歩みを再開させた。

「わ、わたしは!」

 けれど、彼女の勢いをそぐには無力な返しだった。いや、ただ、聞いていないだけの気配もある。

「わたしはぁ酔えば酔うほど強くなるぅ伝説っのぉ剣術でありますぅ酒剣の使い手ぇだ!」

 とつぜん、それを発表された。

 さけ、けん。

 聞いたこと無い剣術である。なんだだろう、酔えば、酔うほど強くなる、とは。

 そんなの幻想ではないか。

「あなたはぁまあ、つよい、と見切ったぁ! 見切っちゃったんだかんね、わぁたしはねぇ! あのねぇ! わたしは、わたしよりぃぃい少しだけ弱いやつに勝負を挑みぃ倒しぃ! 勝って、ご満悦になることを生きがいにしたぁ! そ、そんな、人間だよ!」

 嬉しそうに説明する。

 言われた方には、どこか、さびしい思いをさせる内容だった。

 いずれにしろ、勝負しろ、というのだろう。とはいえ、俺は竜払いである、背中に剣は背負っているけど、これは竜と遣り合うために剣であり、人と戦いための剣ではない。

 にしても、酔っているからそんなことを言っているのか、根本的に、彼女がそういう思想の人物なのかは、不明である。

 と、彼女が腰にさげた剣へ右手をかけた。

 本気か。これは、本当に剣を抜く可能性がある。

 おれは慎重にさがり、距離をとった。

「わたしはぁ飲めば飲むほどぉ………つよくなる………つよーく」言いつつ、彼女はさらに酒を煽る。口の両端から、酒がこぼれても気にしない。「ひあ、飲めば………飲むほど」

 彼女が鞘に入ったままの剣を握る。

 直後、感じた。彼女が強いのは真実かもしれない。

 おれは警戒した。

 そして、彼女は酒瓶のすべてを飲み切り「げはどぼ」と、哀れな咳で込み、やがて、倒れた。そのまま地面に倒れて、ぷるぷるしている。

「わわわわー、すいませーん!」

 すると、道の彼方から、誰かが走って来る。二十代くらいの女性だった。彼女も腰に剣をさげている。

 その女性は現場近くまでくると、おれへ「あーん、ごめんなさいねえ、うちの師匠に勝負を挑まれてしまいったんですよね、ほんとう、ごめんなさいね」と、謝罪した。

 そして、酔いつぶれた彼女の肩へ手を回して起こそうとしつつ言った。

「いえ、うちの師匠、酔えば酔うほど剣術は強くなるんですが、お酒に弱いんです」

 だったら、そんな剣術を選んではいけない気がする。

「あと、うちの師匠、いい男にも弱いんですよ、だからみつけるとですね、つい、勝負を挑んじょうのです、てへ」

 片目をつぶられ、笑顔で言われた。

 ああ、君、きっと、こういうときに、それみんなに言っているな。

 と、おれは、見切った。

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