はなしにならない

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 竜はそこら中にいる、この惑星に竜のいない場所はない。

 たとえば、卵を割っておくだけで、たちまち目玉焼きになるような灼熱の土地にもいるし、卵を割った直後に氷つくような場所にも竜はいる。

 そう、どこへ行こうと竜がいる。人がどこにいようと、いつかは必ず竜が現れる。人は竜という生命から、剥がれて生息はできない。

 とはいえ、現れる頻度はある。かりに同じ町でも、竜を追い払った次の日に別の竜が現れることもあるし、数十年以上、竜が現れていない町もある。

 ゆえに、こうして旅をして、立ち寄った町で、竜払いの依頼が必ずあるわけでもない。むしろ、偶然、立ち寄った場所で、依頼をされる方がすくない。

 で、その日、立ち寄った町も竜は現れていなかった。おれは旅を続けるための品々を補給するため、雑貨屋を目指す。

 大きな町だった。全体的によく整備されていておて、店舗から屋台に至るまで、どこも活気もある。立派な馬車も走っていた。

 買い物を終えて、町を歩いていたとき、視線を感じた。

 視線の熱源を探ってみると、六十代ほどか、頭の両端が、雲みたいな髪型をした、背広を着た男性が、らこちらを凝視している。杖を持っているものの、それは歩行補助用では なく、洒落の一貫のようだった。

 彼が、じっと見てくる。

 で、じっくりと近づいて来た。

 まかさ、おれに用事が。

「ちょっといいですか」

 けっきょく、声をかけられた。

「竜払いの方ですよね」おれの素性を知っているのか、あるいは見破ったのか、彼は言いあてた。「わたしはね、人間観察が得意なので、わかるのです、人を見れば、その人が、竜払いか、竜払いじゃないかが」

 あやしげな特殊技能の発表をされ、おれは少し考えから「そうですか」とだけ、返事をした。

「わたしはこの町の町長である、コンスタンティーノルと申します」

 長い名前だな。と、頭の中で、感想をつぶやきつつ、ひとまず「はい」と、返事をした。

「竜払いの、方ですよね」

「ええ」

「折り入って、ご相談が」町長が言う。「あのですね」

「はい」

「竜が現れないんです」

 竜が現れない。

 なんだ、なんの話を開始したんだ、この町長は。

「わたしは今年で六十歳になるのですがね」

 この話は長引くのかな。

「いえ、町長になってからは十年です」

 長引くのかな、この話。

 と、そのことばかりを考えてしまう。

「わたしが生まれてから、このかた、この町では竜が一度も現れたことがないのです」と、彼はいった。「一度もです、たったの一度も、竜がこの町に現れたことがないのです」

 そう話され、おれはとりあえず「そうなんですね」と返した。

「一度もですよ、ただの一度も竜が現れたことがないのです、わたしが生まれてから、ずっと、ずっと、この町には、竜が来たことがない」

 運がいい町か。

「つまり、そこなんです、一度でいいんです、せめて、一度、竜、竜が、わたしがこうして町長をしている間に、竜が現れないものでしょうか」

 ん、なにかを言い出したぞ。

「一度でいいのです、せめて、わたしが町長でいる間に、この町に竜が現れれば、そのときは、わたしが指揮をとり、竜を追い払った町長として、名が残せる、いいや、もしかすると、銅像化への道もありうると思いのです」

 されても困る内容の話でしかなかった。

 で、彼は顔をおれに寄せた。結果、彼の雲のような髪の片側を、おれのこめかみへめりこませつつ、小声でいった。

「あの、竜払いさん、ここだけの話ですがー………この町に、竜を出現させる方法とか………ないですか………ね? おとなしい竜でいいんですが………」

 本気か。

 話にはならない話である。

 おれは「ありますよ」と答えた。

「え、なんと………そ………それはどんな?」

「あなたが一億五万年ぐらい生きれてば、いつかはここに現れますよ、竜」

 こうして、おれも話にならない話をして、この話を終わらせた。

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