さいころのめめめ

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 この土地を旅し始めた頃は、ここの言葉がまったくわからなかった。

 けれど、ここまでの旅の中で、多くの人々と出会い、かかわり、また独学によって、かなり言葉がわかるようになってきた。

 その証拠に。

 たとえば、こうしていま、食堂で食事をとっているときも、隣の席で交わされる会話の内容なども、聞き取れるようになった。

 ちなみに、いまおれの隣の席には、三十代くらいの男がふたりが座り、酒を飲んでいる。

 どちらも、やや荒々しい雰囲気のある外貌をしていた。

 で、片方の男が言う。

「へへ、今日あたりはよお、ずばばーと、勝てそうな気がする」片方の男が言う。「大勝ちの予感がするんだよ」

「ははー、どうかなぁ」もう片方の男が苦笑しながら言う。「兄弟はさぁ、いつも博打の前だけは、一流の勢いんなんだよなぁ」

 どうやら、これから賭場へでも向かうらしい。

「いったなぇ、てめぇは。へへ、くったくもなく、言いたい放題によぉ。よーし、じゃあ、ここはひとぉーつ、運試でもしてやってみっかぁ?」

 そういって、男は自身の懐へ手を入れた。抜き出したその手には、さいころが三つあった。

「なんだよ、兄弟。さいころなんて出してさ」

「今日の賭けの運を、こいつで試すのさ、へへ」

「運試しかい、兄弟」

「こうやってだ、三つ同時にさいころ振って、だ。ちょいとでも、そろい目でもでりゃあ、今日の賭けはもう、大勝利よぉ」

 意気揚々と言い放ち、彼は、三つのさいころを卓子の上へ振った。

「おおっ!」そして、彼は声をあげた。「見ろぉ! 一の目が三つだ、へへ、そろいやがったぜ! へははっ!」

 どうやら、そろい目が出たらしく、彼は歓喜した。

 片方の男は「おお、すげぇじゃんか、今日は、ついてるかもなぁ、兄弟!」と、いった。

「しゃぁー、試しにもう一振りっ!」

 彼はふたたび、三つのさいころを同時に振る。。

「お、おおおっ?」そして、声を漏らした。「ま………また、そろった! へへ、ぜんぶ、一の目で、三つそろった!」

「おおう、ついてんじゃねえか、兄弟!」

「へへ、な、へー………試しに、もう一回………」

 と、さいころを三つ同時に振った。

 で、絶句した。

 また、さいころの目が、すべて一で、三つそろった。

 三回連続で振って、すべて、一の目が、三つ。

 なかなか凄まじい確率である。

「や」すると、彼が声を漏らす。「やべぇ………」

 次に頭を抱え込みだした。

「こ、これは………う……運を……こ……ここで使ってないか、俺ぇ? これから賭場で大勝負だっつーのに、こ………ここでとんでもなく運を使っちまってるじゃねぇか!?」

 とたん、騒ぎ出す。

「こ、こりゃあ、まずい!」彼は抱えていた顔をあげた。「こ、こうなりゃ! お、おーい! へいへい!」

 と、食堂の店員を呼んだ。

「おい、こ、この店で、い、一番、辛い料理を頼むぜ! しかも、辛さ倍増で頼む、気絶するくらい辛いので!」

「なあ、急にどうたよ、兄弟………」

「こ、ここで運を使過ぎた! だから、いまから、すげぇ辛いもの無理やり食って、不幸になって、ここまでの幸運を中和する! で、でないと、俺は死ぬかもしれないし!」

 そう発表した。

 あえて不幸になって、ここまで幸運を中和する。

 おれには理解不能な理論である。そうしているうちに、店員が料理を持って来た。何の料理かはわからないが、とにかく、汁料理で、おれがかつて火口で目にした、沸き立つ溶岩のように真っ赤だった。

「きょ、兄弟………そ………そんなもの食っちまったら、し、し………」

「へへ、これでよぉ、ここまでの幸運は………中和さ………」

 言って、彼は食った。

 すぐ、ごぶ、と、吐いた。いや、吐いていない、持ちこたえた、健闘である。

 とはいえ、見るに堪えない健闘の光景である。おれは思う、その生命力の消費を、もっと、他のところに使うべきだろうに。

 で、とにかく、辛いらしい。彼はそれでも、躍起になって、それを食べる、食い尽くしにかかる、不幸になるために。

 やがて、椀の中の汁をすべて食べ終えた。

「へ、へへ………へへへい………」

 食べ終えて、彼は笑った。

 それが正常な精神状態から放たれた笑いなのか、よもや、あやしいところである。

「こ、これでっ、不幸だ!」いって、彼は「で、さいころをもう一回だ、し、し、しかも、さいころも増やすっ!」そう宣言する。

 懐から、さいころを増やす。

 合計十個のさいころを、同時に振った。

 そして、十個のさいころの目は、すべて一だった。

「いやああああああああああ!」

「きょうどわぁぁぁぁぁぁい!」

 ふたりが叫ぶ。

 食事中のおれの隣の席で、叫びの合唱である。断末魔ともいえ、食事中に至近距離で、断末魔を放てると、惑星最高峰の迷惑である。

 とりあえず、彼の幸運、不幸はさておき、土地の言葉がわかるようになったおれが、いまは不幸である。

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