うみのしれん
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
道は東へ向かい、海沿いに続く。このまま歩いてゆけば、最東端にたどり着らしい。
この西から東へ続く道を、人々は、試練の道、と呼んでいる。一本の大きく長い道で、よく整備されていて、治安もかなりいい。
このあたりの土地では、十四歳前後になると、通過儀礼にように、この道をつかって旅へ出る習慣があった。設定される旅での試練は、それぞれの土地によってちがっている、かなり困難な試練もあれば、そうでもないものもある。
たとえば、ただ、最東端へ向かってこの道を最後まで行くだけ、あるいは、最西端へたどり着くだけ。もっと、きびしい試練を課せられた若い旅人もいる。
乗り越えるべき試練の難易度に大きさ差異はあった、けれど、統一されているのは、みな、この試練の道を歩いて旅するということだった。
この道は、道沿いにある町や集落の人々が手入れをしている、誰かの支配下にあるわけでもない。この道があるから、道沿いの町が出来たのか、町が出来たから、道ができたのかは聞いていない、けれど、いえるのは一本道で、歩いやすく、整備も行き届き、かつ、治安もいい道であり、この土地の人々にとって生活と、心の安定の役目を果たす道であるということだった。
で、少し前、おれはこの道で、試練の旅をしているその二人に出会った。マルコとミアである。ともに、十四歳くらいだった。
マルコは、褐色の肌に、意志の強そう顔立ちの少年。
ミアは、褐色の肌に、髪を後ろへ流し、おでこを出している少女。そして、意志の強そうか顔立ちをしている。
すなわち、両者ともに、意志の強そうな顔立ちだった。
この二人は幼馴染のようで、試練の旅の途中である。
試練の旅を、ふたりは『決り試練の旅』と呼んでいた。他の試練の旅の差異は、よくわかっていない。いずれしろ、土地によって、微妙に呼び名が違うことは、よくあるし、きっと、そのあたりの違いだろう。
ふたりは、この試練の旅で、空、海、砂漠の三つの試練を乗り越えなければならなかった。そして、おれは、以前、空と、砂漠はふたりが試練に挑む場面に遭遇した。
ゆえに、ふたりが乗り越えなければならない試練は、あとひとつ、海の試練である。
という、流れの中で、ある日、おれがとある町の食堂で昼食に麺料理を食べているとき、マルコとミアと再会した。なかなか不自然な再会の感じはいなめない。探された、追跡された気配があるけど、確固たる証拠はどこにもなかった。
麺を食べているおれへ、ミアがいった。
「お食事中に失礼します。ヨルさん。じつは、わたしたち、これから海の試練なんです。これは試練の中でも最も危険な試練なので、もしものときのために、あなたに立ち会ってほしいのです」
そう頼まれた。おれは口に入った麺を飲み込んだ後で「もしものとき、とは」と訊ね返した。
すると、マルコがいった。
「俺たちふたりが両方とも失敗して、全滅したとき、誰かその結末を知らないと、誰も知らないになります。だから、もしものときは、ヨルさんに故郷へ伝えてもらいたいんです」
なかなか重い頼みだった。引き受けたくない。
けれど、決意に満ちた真剣なふたりに迫られ、断りにくくなり、けっきょく、許諾した。
で、訊くに、その海の試練とは。
とある海のそばに切り立つ高い崖がある。その崖の下の海底には、短剣がささっている。海底にささっているのは、前の試練を行った者が差した短剣だった。で、新しく試練に挑む者は、別の短剣を持ち崖から海へ飛び込み、一気に潜って、海底に刺さっている短剣を抜き、自分の短剣と差し替えるというものだった。
なぜ、そんな内容の試練をするのか、由来は聞いていない。ただ、それがふたりの故郷が、ふたりに課した試練だという話だった。
そして、おれはマルコとミアに連れられ、その崖へやってきた。
ふたりは崖のそばに立っていた、最後の試練へ挑む、決意に満ちた表情で。
おれも崖のそばに立つ、さっきまで、食堂で麺を食べていただけのおれである。
崖はかなり高く、眼下の海には、寄せては返す、猛る波がおどっていた。海面からは突き出た岩ないものの、この高さからあの海へ飛び込むことは、確実に生命をかけることになる。
けれど、ふたりはやめない。ミアが「わたしがいきます」と、いい、泳ぎやすいように軽装になると、海底にささった短剣と差し替えるための、短剣を腰に据えた。
そして、ためらいもなく、崖から飛び込む。まもなく、身体は黒い地面へする込まれるゆおうに、海へ消えた。大きな水柱がたつこともなかった。彼女が起こした、ささやかな水しぶきは、やってきた波で、すぐに完全に失われた。
マルコとおれは崖の上からのぞき込む。崖の上には、ひどく冷たい風が吹いていた。
やがて、海面からミアが顔を出した。生きていた。
陸へ向かって泳ぎ出す。
そして、びしょ濡れのまま、崖の上へ戻って来た。
マルコが心配そうな表情で言う。
「だいじょうか、ミア!」
ミアは息を切らしながら言う。「海底に、あった」さらに、息を吸って続けた。「みえた」
短剣のことか。
マルコは「けがは」と、訊ねた。
彼女は顔を左右にふった。「けがはないよ。短剣はあった、あった、あった、けど――――」
「けど?」マルコが問い返す。
「短剣をさし替えに行こうと、もぐったときに」
「もぐったときに?」
「たこが、いた」
「たこ?」
「うん、すごい大きなたこだった、大だこ。しかも、そのたこの足に、なんだろ? 金色の腕輪がひとつあった。かなりの金目のものぽい腕輪か、王冠にも見えたかな?」
なに。
足の金の腕輪をした、たこが、いたのか。この崖の下の海に。
なるほど、そうか。
まあ、この場面で、その情報ってなんなんだろうか。なんだか扱いが難しい情報である。
で、見るに、けっきょく、短剣は差し替えられなかったらしい。
「ねえ、マルコ」すると、ミアが持っていた短剣をマルコへ差し出した。「あなたが」
「わかった」
マルコは短剣を受け取る。
崖の下へ飛び込んだ。
ほどへて、彼は海面から顔をだし、そして、崖の上へ戻って来た。
「たこ、いた?」
ミアがそれを訊ねえる。
マルコは顔を左右に振った。
「いなかった」彼も呼吸がひどく乱れている。そのうえで続けた。「いかはいた」
「いか」
「うん、足に金の腕輪みたいなのした、いか、大きないか、がいた」
「うそよ」ミアが否定を入れる。「いかじゃないわ、海の底にいるのは、たこよ、大きなたこだった!」
「いや、いかだった。ぜったい、でかいいかだった!」
マルコは言い返す。
「もう、ちょっと貸して!」ミアはマルコから短剣を奪うと「絶対に、たこだったし!」そういって、崖から海へ飛び込んだ。
その後、海から出て、崖へ上って来た。
「やっぱたこだったよ!」
「うそだろぉ、いかだよ! 貸せ!」
マルコは短剣を奪うと、崖から海へ飛び込む。
そして、崖の上へ戻って来た。
「いかじゃんかよぉ! かくじつにいかだったし!」
両者、主張を曲げない。その後、ふたりは、何回か、短剣を奪っては、崖から海へ飛び込むことを繰り返す。その間、海底の短剣を差し替えることもなく、ただ、崖から海へ飛び込んでは、たこか、いかかの確認合戦を行う。
「たこだし!」
「いかだ!」
そして、ふたりともずぶ濡れのまま、崖の上でいがみ合う。
やがて、ミアがいった。
「はい、これ、ヨルさん!」短剣をおれへ差し出しつつ。「すいませんけど、ちょっと、これをかすので、海の中を見てきてもらえますか!」
マルコも言う。
「お願いします、ヨルさん! たこだったのか、いかだったのか、見て来てください! これがあれば飛び込んでもいいんで!」
最終的に、試練達成のために差し替える短剣は、この海へ飛び込み、たこか、いかかを確認するめの、権利券みたいな扱いになる。
で、おれは伝えた。
「いや、試練に挑む中で、おれへ試練とか、生産するなよ」
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