ほうたいせん
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
だいぶ東へ来た。このまま、この試練の道と呼ばれる大きな道を進めば、やがて東の果て海へ出るらしい。
あいかわず、立ち寄った先の町で、竜を払いの依頼をこなしつつ、旅を続けている。その町に竜払いの依頼があるか、ないかは、運任せだった。いまのところは、程よい運にめぐまれている。
そんな旅を続けている。
そして、旅をしていると、さまざまな光景に場面に遭遇したりする。
たとえば、そう、いままさに、おれの少し前を、二十歳ぐらいの花束を抱えた女性が、ずんずん歩いていたりする。
で、その女性が地面につま先をひっかけて、こけてしまった。彼女はその場に倒れ、右ひざを打ってしまった。彼女はその場へ腰をおろしたまま、傷ついた右ひざをさすっている。出血はないが、どうやら、膝にすり傷をおってしまったようだ。
怪我をしたか、これはいけない。と、思いつつ、おれは懐から真っ白な包帯を取り出しつつ、彼女のそばへ近づく。包帯は、むろん、未使用のものである。
そのとき、気配がした。
見ると、道の向こうから、一人の男が駆けてくる、褐色の長髪をなびかせてやってくる。
彼も二十歳くらいだった。顔立ちは悪くないのだが、ずいぶん、草臥れた外套を着て着ていた。
「大丈夫ですか! お嬢さん!」
彼は滑り込むように、彼女のそばでとまった、土埃が少し舞って、おれはせき込みかけた。
彼女は顔をあげながら言う。
「いえ、あしが」
で、彼と彼女は互い顔を見合う。
瞬間、ふたりは時が止った、ようになった。まるで稲妻が落ちたような、そんな、お互い特別な認識が発生した気配がある。
「ああ、いや」彼が我に返る。「こ、これで、傷を」と、自身の外套の端をやぶった。
彼女は「いえ、そんな―――」と、手で抑止しようとする。
「これでひざを覆ってください、傷に、よくないものが入るといけませんから」
と、彼が言った。
「そんな、あなたの大事な外套を」
「いいんです。さあ、これを傷口に巻いてください」
彼はあまり衛生的とはいえない、外套の布を差し出す。
で、ふたりは、ふたたび見つめ合う。
おれはというと、そのふたりに近い場所にいた。未使用の清潔な包帯を持って立っていた。
どうしよう。いま、おれがここに介入し、このふたりの雰囲気を崩しつつ、彼の差し出したその汚れた外套より、この新品の包帯を提供した場合、変な感じになるまいか。
というか、彼。君よ、そんな外套を破って包帯代わりにするとかじゃなく、もっと、別の布でやるべきでは、たとえば、手ぬぐいとか。
というか、手ぬぐいも持ってないのかい、君は。
けれど、こちらがいくら考えようが、もう、ふたりの物語は始まっている感じがある。
そして、その物語に、おれは必要なさそうだった。ただ。それはそれとしても、やはり傷に巻く布は、この新品の包帯の方がいい気がする。よくないものが潜んでいそうな彼の外套の端よりは、いい気がする。
そもそも、ふたりには、おれのことなど見えていないのかもしれない。
しかたがない、と、思い、おれは見つめ合う、ふたりの物語を壊さないように、そっと、その場を離脱した。
それから、充分な距離まで離れると、持っていた丸めた包帯をふたりの方へ、ふんわりと投げた。
丸めた包帯は、虚空を飛び、弧を描いて、やんわりと、見つめ合う、ふたりの方へ。
と、思っていると、彼女は彼を見つめたまま、飛んでくる包帯を、片手ではじき飛ばした。
ああ、見えていたのか、おれのことを。
うん、あれだけ生命力ある弾き返しをしたんだし、大丈夫だろう、彼女は。
おれは、彼女が手ではじいた包帯は、空中でつかみ取った。
まあ、心の傷は、包帯では覆えやしないけど。
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