ひとことはかせ

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 竜には翼があり、空を飛ぶ。

 で、竜は口から、ぼうぼう、炎も吐く。どうやって、炎を吐くかというと、竜の体内に、なにやら、油めいたものを製造する不思議な臓器があるらしい。それを口から霧吹き状に吐き、喉の奥にある特殊な形状の牙を火打石のうにすって、火種を起こし、霧吹き油に着火させて、炎にして吐く。炎の強さは竜による。ちなみに、小さい竜は、まだ、体内でその特殊な油がつくれないので、他所で油を飲んで、身体のなかに溜めていたりする。

 竜には家みたいに大きいのもいるし、ねずみほどの大きさのもいる。ひとついえることは、どんな大きさの竜も、完全な竜のかたちをしているということだった。竜に、幼年期形態というべきものは存在しない認識だった。誰も見たことがなかった。

 竜がどうやって増えて、どこから来ているのかも、いまのところ、誰もわかっていないことになっている。ただ、おれは、いぜん、竜が増え方を目撃したことがある。けれど、それを誰かに証明できる証拠は持っていなかった。自分の目で見だけのみである。

 とにかく、この世界には竜がいる。いや、竜がいる世界に人がいる。惑星単位でいえば、向こうの方が、生命として存在感が大きいし、竜が人に合わせて存在している感じはない。人が竜に合わせて存在している感じの方が圧倒的にある

 そして、そんな竜を追い払うのが、おれの生業である。

 そして、今日もおれは行く。

 どこかへ。

 いや、まて、そういえば、どこへ向かっているんだ、おれは。

 とたん、行き先を見失っている己の現実へ引き戻される。

 道に真ん中で、立ち止まり考えた。あたりは青々とした草原である。

 いまはこうして旅をし、その日、立ち寄った先で、竜払いの依頼があれば受け、竜を払い、その報酬で暮らしている。そして、もう、そこそこ長い時間、この決まった地面のない生き方をしていた。

 どうしたものか。

 と、漠然と考えていると、竜を感じた。きっと、大きい。

 けれど、かなり遠い。草原を見渡しても、竜の姿はなかった。

 となると、ああ、やはり。

 竜は頭上にいた。空の高い場所を飛んでいる。なかなか大きい。熊ぐたらいの大きさの竜だった。

 竜は、この星のどこにでもいる、好きな場所に現れる。人が権利を主張する土地でも、関係なく現れる。竜に人の世界の理は通じない。そして、人は竜が近くにいると、恐いのでその場から追い払う。だから、おれの竜払いがいる。

 で、竜は少しでも傷を負うと、空へ飛んでいってしまう性質がある。

 ただ、いま頭上を通り過ぎようとしている竜は、きっと、誰かが追い払った後の竜だろう。竜の動きでわかる。

 そう思って見あげていると、道の後ろから、屋根付きの立派な馬車がやってきた。全体的に、鳥の装飾がされている馬車で、お金がかかっていそうだった。その鳥の装飾のせいで、ひどい空気抵抗も受けいそうな馬車でもあった。

「とまれ!」

 すると、馬車の中から声が聞こえ、手綱をにぎっていた御者の男性が慌てて馬車を停車させた。その後、中から、鳥の柄みたいな背広を着た中年男性が降りて、地面に立つ。

 にわとりが頭に座っている、みたいな形の帽子をかぶっている男だった。

 すごい、血相である。まるで、足で釘を踏んだくらいの血相だ。

 馬車の手綱を握る御者が戸惑った様子で訊ねる。「あの、どうしまた、鳥博士………」

 鳥博士。

 鳥博士なのか、この人は。まるごと鳥、みたいな帽子をかぶっているこの人が。

 そうか。

 急に登場の、鳥博士である。

 で、鳥博士と呼ばれた彼は空を見上げていた、眼球が飛び出さんばかりにして。

 視線の先には空には飛んでいる竜の姿がある。

「むむ!」

 と、声を放ち、鳥博士はいった。

「わたしが見たことのない新種の鳥が飛んでいるではないか!」

「竜です」

 至近距離で叫ばれたので、つい、言ってしまった。

 すると、鳥博士はおれを見ず「なんつってな!」といって、あとは静かに馬車へ戻って行った。

 その後、馬車は走り出す。

 道の轍を深めて、遠ざかる。

 なんだろう、いまのこの体験は。あの鳥博士の言動には、いかなる生産性があったというのか。

 わからないけど、この話を誰かにしたとしても、信じてもらえる気はしない。

 そして、とりあえず。

「ごみのような体験だ」

 毒は、はかせてもらった。

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