いろいろわかる
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
剣の素振りを振れば、いろいろなことがわかる。己を知るために可能な限り日に一度は振るようにしている。
竜を払う直前に振るときもある。素振りの仕上がり具合で、身体の状況を把握できる。不備がある場合は、調整もする。
強い雨の中で、振りこともある。つよい風の中で振ることもある。この状況で、どんな剣が触れるかを確認した。
竜払いの用の剣は、剣身が竜の骨でつくられてい。竜は、竜の骨以外でつくられた武器で攻撃すれば、ひどく怒り、ひどく狂う。ただし、竜の骨でつくられた武器で攻撃すれば、怒るけど、狂わない。
ちなみに、おれの剣は刃が入っていない。だから、なにも斬ることはできない。他の竜払いの剣には、刃が入っている。いまのところ、刃を入れていない竜払いには、出会ったことがない。この剣で、竜を斬らず、叩いて、追い払っていた。
そして、この剣は、竜を払うためにしか使わない。人と戦うための剣ではないし。 それに、おれは竜払いだ。竜を払う専門家で、対人戦闘を行う専門家じゃない。そっちは、まったく別の世界の生き方だった。
で。
おれはいま道の端にあった林の中へ入り、剣の素振りをしていた。ここなら、人はこない。
そこは、かさなり合う木々の葉で空の半分が覆われていた。林の天井に間引かれた光でも、素肌のあたると、かすかに陽の熱を感じる。小さな風でも林全体は大きく揺れ、さざなみにも似た音を発し、それは延々と途絶えず聞こえ、けれど、つよい静寂さがある。
白い剣身を外界に開放し、剣を振る。
左から右へ。
空間へ、一閃する。
と、小さな手応えがあった。
なんだろうか。剣を振り切った後で、違和感の根源を探した。
見ると足元の地面に、何かが落ちていた、丸い。胡桃だった。
胡桃が、落ちている。しかも、いま、おれが振った剣にぶつかり、殻が割れてふたつになっていた。
もしかして、胡桃が上から落ちて来て、偶然に、それを割ったのか。
というか、頭上の木は胡桃の木なのか。見上げると、枝の上に毛だまりがあった。
毛だまりの正体は、一匹の栗鼠である。栗鼠が丁度、頭上の枝にいた。
栗鼠は、じっと見上げているおれを、じっと、見下ろす。
まさか、彼が胡桃を落としたのか。いや、彼か、彼女かなのかは、よくわからないけど。にしても、落とした胡桃が、たまたま、おれの振った剣に当たったのか。
地面の胡桃は、まっぷたつだった。刃も入っていない剣で、胡桃をずいぶん綺麗に斬っている。
どうやら、良い一撃だったようだった。
今日、おれは調子がいいらしい。
よし、いまの感触を忘れないうちに、と、思い、再び剣を振る。
左から右へ、一閃。
で、また、なにか手応えがあった。見ると、また胡桃である。ふたつに斬れた胡桃が地面に落ちている。その果肉を露わにして。
ふたたび見上げると、栗鼠がいた。しかも、二匹になっている。
まさか、栗鼠たちは、狙って胡桃を落としたのか。おれが振る剣に当てて割れるように、合わせて。
だとすると、凄まじい精度で落としたことになる。
いや、やはり、偶然だろうか。と、疑っていると、二匹の栗鼠が不意に、ほくそ笑んだ。
ように、見えた。
ああ、どうやら、調子がいいのはおれではなく、栗鼠たちの方だったらしい。
そして、栗鼠がほくそ笑んでみえるおれの方は、きっと、目の調子とかがよくない。
そう、剣を振れば、いろいろなことがわかる。
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