あくようさようで

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 なにか気配は感じたものの、竜は感じなかった。

 竜が現れたので、追い払って欲しい、と依頼を受けて、現場へ向かった。

 依頼主の家は、この大陸では、よく見られるつくりの平屋だった。隣の家とは距離がある。 

 家の前に立つ。やはり、竜の方は感じなかった。

 もしかして、おれがここに来るまでに、竜はいなくなったのか。

 そういう可能性もある。竜は生命だし、とつぜん、人のいる場所に現れ、かと思うと、急にその場からいなくなることもある。

 竜はこの惑星でもっとも自由度が高い存在ともいえた。

 で、いまいちど依頼主の家を見る。竜は感じない。

 やはり、おれがここに来るまでにいなくなったのか、竜。

 その場合、依頼料金は、と考えつつ、扉を叩く。ほどなくして扉は開かれた。

 出迎えたのは二十代くらいの男性である。褐色で、髪の毛の色は白と柑橘類のような色がまざっていた。背が高い。

 彼は玄関先でおれを迎えるなり「へい、どうも!」と、いった。

 気さくなあいさつ、と、とらえておいた。

「こんにちは、ヨルと申します。依頼を聞きました。竜を払いに来たん」そう述べて、視線を周囲へ巡らせる。「ですけど」

 竜を感じない。ここに、竜は存在する気がしない。いや、なにかべつの気配はあるけど。

「あおう、そうねえ!」と、彼は活気といっていいのか、はじけるような拍子でしゃべる。「そうそう、屋根! 屋根にねぇ、いるんだよねえ! まいちゃうことにねえ、まことに! ちなみに、自分、高いところは、苦手ってわけでね!」

 屋根。そう言われて、屋根の様子を探る。竜は感じない。そして、何かの気配をずっと感じている。

 とりあえず、屋根にのぼってみるか。

 そう決めて、おれは「では、のぼります」と、告げた。

 梯子をかりて、屋根にあがる。

 とたん、依頼主が地上からいった。

「そうそう、ねえねえ、竜払いさぁーん!」

 いや、もしも竜がいたら危険なので、家の中に入ってほしい。こちらから、そう注意する前に、彼はいった。

「もしかしてぁ、屋根の上にさあーあ、球とかのっかってないかい? ねえ!」

 球。

 球、ああ、ある。

 南瓜ほどの、足けり遊びようの球だった。屋根の突起にひっかかっている。

「屋根のったついでにさーあ、それ、ちょい、落としてくれないかい!」

 そう言われた。

 そして、彼はおれが何か答え返す前に、続けた。「あとさ、あとさ! この前の嵐で雨どいがねーえ! ちょい、ずれてんだよねぇ、ついでに、それも、くくって、ずらして直してくださいよぉ!」

 見ると、たしかに、雨どいが少しずてれいる。

「あとあとあーとさあーあ、煙突よ、煙突があるでっしょ? にぃぶーい銀色の、それもこの前の台風でさあーあ、ちょいと、ゆがんでるみたいなんで、たて! たてにしてもらえないかなぁ!」

 煙突。

 たしか、ゆがんだ鉄製の細い煙突がある。

 いっぽうで、竜はいない。屋根のどこにもいない。

 まさか、この依頼、竜を追い払うのは、建前で、おれをここにのぼらせ、屋根にある問題を処置させるためではないか。

 そう、推測を働かせつつ、屋根の上を見渡す。

 竜はいなかった。

 ただ、鳥はいた。

 そして、見たこともない巨大な鷲だった。完全に獰猛そうな目をぎらつかせ、足の爪は屋根に深々と食い込み、さらに、ここからでも聞こえるほど、めきめき、と音する。まもなく、屋根は破壊されそうだった。

 しかも、嘴からも、ずっと、くちゃくちゃと、音をたてて動いている。

 いったい、鳥の嘴の構造で、どうやって、くちゃくちゃ、音を立てるのだろうか。

 いずれにしても、絶対につよい鳥である。極めて、関係を持ちたくない鳥類だった。

 とりあえず、竜は屋根にいないことは確認できたので、鳥は無視し、彼に言われた屋根の問題だけを処理した。

 それから、地上へ飛び降りる。

 そして、彼へ伝えた。

「竜は、いませんでしたけど」

「あおう、ごめんごめん! じゃじゃ、竜はいなかったし依頼料の方は、ここまで出張って来た手間賃だけで、ねっ! それで、よろしくっ!」

 指示した屋根の問題は解決して、彼はすこぶるご機嫌だった。

 なら、いいか。

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