くっする

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 ここ数日の間、竜を払う依頼が途絶えずない。

 その影響で、この宿から出る時期を見失っていた。

 いや、べつにどこへ行こうという目的のある旅でもない。ただ、気まぐれの果て、こうして数年ぶりに、生まれ育ったこの大陸へ戻って来ているだけのことだった。まったくもって、つよい意志あっての彷徨いでもない。

 むろん、この宿を出発しようと思えば、しょせん、個人の意思の自由その範疇に過ぎず、誰も引きとめる者はいない。

 おれは竜払いである。竜を追い払うことを生き方に選んだ。

 竜はこの世界のどこにでもいる。ゆえに、竜と人がいる場所でさえあれば、おれは生きる術を持っていた。

 ただし、この大陸ではさいきん、竜の数が減っているという、理由は不明だった。あと、人口も減っている。これといったものがない大陸なので、みんな他の大陸へうつっているらしい。

 竜の数は減っている。ということは、竜払いの依頼も減るはずだった。

 ところが、この宿に泊まっていると、奇妙なことに、次々と竜払いの依頼が舞い込んでくる。

 それで想像した。もしかすると、この宿を出てしまうと、以降、竜払い依頼を受ける場面が減るのではないか。いまはなんとなく、運良く依頼が続いているだけで。

 だったら、この良き運の流れがあるうちは、この地の、この宿へ留まり、舞い込んでくる依頼をこなし、で、多少なりともこの先に必要になるだろう旅費の余裕をふくらませておく、という選択もある。

 いっぽうで、少し思い始めたこもある。おれが生まれ育った土地は、ここからさらに内陸へ向かった場所にあった。目的地のない旅だったけど、なんとなく、ごくうっすらと、せめて旅の最後は、そこまでは足を延ばしたい気持ちはある。

 いや、べつに行かなくてもいい。どうせ、その地へ向かっても、親類はもいない。

 さて、どうしたものか。

 と、思いつつ、宿屋の裏庭で、剣の素振りをしていた。

 空には薄い透明な灰色がかっていた。あいかわず、この大陸の太陽は、たよりない光りだった。今日は風は微塵も吹かず、屋根の上に風見鶏も不動である。

 で、いろいろと思いながら素振りをしたせいか、なかなか、会心の一振りが出せなかった。それで、素振りの時間はいつもより長引いた。

 まずいな

 こんな、余計なことを考えながら、竜と遣り合えば、ひどいめに遭う。

 しっかりしなければ、と、自身にいい聞かせ、ようやく、手応えのある一振りに至った。

 そして、剣を鞘へおさめる。息があがっていた。

「ヨルさーん」

 ふと、宿屋の主人である彼女、リンジーへ呼ばれた。

「ヨルさーんや」

「はい、ここです。ここ」

「あ、いたいた、ふふ、どうもですどうもです。今日も、剣の練習ですか? げんきですねー、剣はちょっとこわいですけど。あ、あ、それで、あのあの、お客さんですよ、お客さん、竜を払ってほしいみたいですよ」

 リンジーは、にこにこ、と笑いながら教えてくれた。

「そうですか」

 そう答え、おれは訪ねて来た客のもとへ向かい、宿の一階にある食堂兼広間の椅子に腰かけ、対面で話を聞いた。相手は男性ふたり組である。

 聞けば、この宿から歩きで移動して二日ほどかかる場所にある村に、竜が現れたらしい。村の人々は竜に怯えて農作業でいない状態だという。

 ここから移動かけの二日となると、かなり離れた場所だった。しかも、その村は、おれの生まれ育った土地に近い。

 行きに二日、となると、ここへ戻るのも二日かかる計算になる。

 だとすると、いっそ、この宿を引き上げ、その村で竜を払った後は、生まれ育った土地へ向かうのもいいかもしれない。

「わかりました、いますぐ出発しましょう」

 彼らへそれを伝え、おれは剣を持って立ち上がった。

 竜を払うため、彼らの村へ向かう、そして、このまま宿は引き払うおう。そう決めた。

 おれは滞在していた部屋へ戻り、荷物をまとめる。

 それから最後に部屋から窓の外を見た。灰色がかった空に浮かぶ太陽の熱のやはり弱い。

 息をつき、扉をしめる。

 すると、びょこん、と扉がはずれた。

 閉めた衝撃で、扉を破壊したらしい。慌てて、扉をはめ込んでみると、なんとか、壊れていないように見えた。けれど、蝶番が派手に破損している。これは、かなかなの修理が必要だった。けれど、はやく竜を払いに行かねば村の人々が困っている。

 まてよ。少なくとも、こうして扉をはめておけば、一見で壊れていることは、ばれまい。

 いや、だめだ。

 しかたがない。またここへ戻って来て、扉をこっそり修理しよう。

 こっそり修理すれば、ばれないはず。

 こうして旅立つ心は、偽装心にくっした。

 扉をあけたけっか、新しい旅への扉は閉じられたかたちである。

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