えりあしでろろんから

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 髪のえりあしが、でろろんと伸びてきた、気になる。

 こちらの求めていないかたちでの髪の伸びである。首を左右に、うごかすたびに、のびたえりあしが、首回りの衣服を少々かり、その際、小さな音がなる。

 この小さな音が、いけない。

 これが、もし、竜と遣り合っている最中で、物陰に隠れ、ぜったい音を立ててはいけない場面だったとした。この、求めてるいないえりあし音で、竜にぎらりと気づかれ、致命的な展開に至るきっかけにならないとも限らない。

 竜と遣り合うことは、その竜の大小、および凶暴性にかかわらず、生命をかけることになる。

 ゆえに、竜払いはつねに万全な状態を保守する必要があった。

 ただ、それはさておき。

 髪を切る、その方法である。

 自ら切る、それもいいだろう。

 けれど、可能であれば、職人に切ってもらいたい。子どもの頃、前髪が目にかかるので、自分で刃物ですいて、失敗した経験がある。おれに髪を整える才能はない。

 やはり、散髪屋で切りたい。けれど、ここにも別の問題がある。おれは旅暮らしである。

 旅先で訪れた場所に、高い散髪技術のある散髪屋があるかどうか問題がある。

 慎重に店を探す必要がある。無策のまま、はじめてやってきた土地の未知の散髪屋へ、ぶらりと入り意図しない髪型にされかねない。

 へんな髪型にされたくない願望は、ある方だった。

 とにかく、旅先での散髪屋探しにおいて、情報収集は重要だった。食堂で、宿屋で、あるいは竜払いの依頼者へ問いかける。

「たとえば、この町にある、あの散髪屋は、だいじょうぶな、散髪屋なのですか」

 結果として、かなり失礼な発言になること厭わず。

 いや、厭うべきである。けれど、自分を制御できない。

 で、調査すること半日、滞在している町で、優れた散髪術をもっている職人が営んでいるという散髪屋をおしえてもらえた。

「あそこの散髪屋は、だいじょうな散髪屋なんですか」

 いまいちど、かなり失礼な質問文で確認したところ、宿屋の主人―――リンジー、彼女かは「え? あー、はい、技術は確かですよ、まちがいなく」と、いった。

 いって彼女は、にこにこしてみせる。

 そうか。では、行ってみよう。

 そこで、切ってみよう。

 このでろろんとした、えりあしを。切断してやる。

 で、紹介された散髪屋へ向かい、店へ入った。なかにら散髪用に椅子が二つ並んででいる。

 店主は三十歳前後の男性だった。

 横風になびく、みたいな髪型をしていた。

「いらっしゃい、ませ」

 彼は哀愁ある声で出迎えた。

 ふと、店内を見ると、壁に小さな肖像画が飾ってる。彼に似て非なる顔をした男性の絵で、彼とそっくりな、横風なびかせているような髪型をしていた。

「こんにちは。あの、髪を切っていただきたいのですが」

「了解です。では、こちらへどうぞ」

 彼は丁重な動線で、椅子に座るよう案内した。

 おれはさりげなく「この店は、もう長年営まれているのですか」と、訊ねた。

 そう、旅先での散髪屋探しにおいて、情報収集は重要である。

 長年やっているとなれば、安定した経営である。となれば、技術が確かな可能性は高い。

「はい」彼は、いい声で応じた。「亡くなった親父の影響で、ずっとやってきましたよ」

 また哀愁のある笑みを浮かべてみせる。

 なるほど。

 いや、具体的な営業年数の情報は開示されていない。

 おれは、そっと追求した。「では、そのお父さんの代からのここで散髪屋を」

「ええ、そうです。ずっと、ずっと、親父の影響でやってきました。親父の、影響で、ええ」

 そういって、彼は刃物の準備する

「そう、父親の影響でずっと、お客様の髪型を、親父と同じ髪型にしてきました―――来る客、来る客、泣こうが喚こうが、親父と同じ、この風になびくような、髪型に仕上げて―――」

 それを聞き、おれは「中止」と伝え、店を出た。

 肖像画の父親と、彼の髪型は見事にそっくりだった。それを再現させる高い技術はあるらしい。

 そう技術は、確かそうだ。

 けれど、気が確かじゃない。

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