きこえたのは

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 カルはいま十三歳らしい。見た目通りの年齢で、少年だった。

 彼は、おれを追跡していた。そのあげく、いまは同じ宿に滞在している。

 ひとつ屋根の下、と表現も可能ではある。

 けれど、その言葉がもつ本来のほかほか感はない。

 すでに、彼とは知り合いであるものの、仲間ではない。いわば、彼は、おれの無公認の旅の同行者である。

 かとって、こちらからは特別な敵意も向けてもいないし、そうさつばつとした対応もしていない。つきまとっては来るし、竜をみると、じゃっかん、猛ってしまうところはあるけど、総じて感じが悪い少年ではなかった、礼儀正しさもある。

 彼は、おれへ頼み事がある様子だった。なんでも『竜の謎』という、じつに単位の大きい話を仕掛けてこうようとしている。

 その詳細は聞いていない。まだ聞いていない、となるか、もくしら聞いていないままで終わるのか、今後の展開は見えていない。

 ただ、予感がしていた。きっと、かかわれば厄介なに巻き込まれる。

 そして、そうなったとき、けっきょく、カル自身もまた厄介なめに遭うことになりかねない。

 そう、たとば、ある物語に対して、登場人物が物語を進行するための有効な手段を所持せず、無力だからこそ、物語が進展しない。そのため危険な物語も始まらず、ずっと開始地点にいることで、結果的に安全が保守され、無事である―――ということもある。

 とにかく、おれが介入し、下手に物語を進展させて、カルが危険な状況に陥るのはさけたい。

 考え過ぎかもしてない。

 けど、けれど、考えてしまう。

 むりにつなげれば、竜を払う際は、あらゆる可能性を考慮しつつ、などと、そんなことを気難しく思いながら、宿の近くの広場を通りかかったときだった、カルをみつけた。

 向こうは、こちらに気づいていなかった。

 カルは、このあたりでよく見かける町の子どもたち五人に囲まれていた。

 みな、六歳前後だろう。カルはしゃがんで、子どもたちに視線を合わせている。

「あー、ええっとね、そう……そうだな……」カルはたどたどしい口調で子どもたちへいった。「にんげんはね………その、つまり、竜の怖さに………ぜったい、ぜったいなれることはない、かな………」

 竜について教えてるいる。

 それは野外授業めいてた。

「あ、ああー、でも、でもね、どんなに竜が恐くても、あせって攻撃しちゃだめよ。あのね、竜はね、攻撃されると、すごく怒るんだ、すごく怒って、わー、ってなるからさ」

 一生懸命話す。

 子どもたちは、じっと聞いていた。

「竜は怒ると仲間の竜を呼ぶから………たくさん呼んで、すぐに、この空いっぱい竜が集まる、空が竜だけになる、なって………あと、いっきょにこの世界を壊しだす。みんなのこの町だって………その………壊される。だから、竜をみつけたら………竜払い………そうだね、竜を怒らせずに追い払う、竜払いを呼ぶんだ………」

 ふと、ひとりの女の子が「りゅうがおったの、みたことある?」と、きいた。

「あ、いや、ない」カルはやわらかな口調で答えた。「でも、でもさ、ぼくは教わったんだ。君たちぐらいのころに」

 カルは、その人を思い出すような表情をみせた。

「そのとき、ぼくは竜を知って恐いとおもったよ、眠れなくなった………だから、竜が恐くなくなるために、竜を知るしかないと思った」

 すると、ある男の子が「りゅうって、あまり、みたことがないんだ」と、いった。「とおくからみただけ、ぜんぜん、わからない」

 そうか、そういえば、この大陸では、現在、竜が減っている。その影響で若年層は、竜を目にする機会も減ったのか。

 カルは彼の顔をみていった。

「でもね、やっぱり竜のことは知らないといけない。竜は存在するんだから、この世界で生きて笑うためには、竜は学ばなきゃいけないことなんだ………忘れて、もいけない」

 察するに、きっと、カルはあまり竜を知らないこの町の子どもたちへ、竜について教えている。

 そして、ある女の子が聞いた。

「カルは、だれにおしえてもらったの」

「ねえさんせんせい」

 と、カルは答えた。

 ねえさんせんせい―――という変わった呼び方がおもしろかったのか、子どもたちは、そわそわしだした。

 すると、ひとりの女の子はいった。

「だったら、カルはね、わたしたちのね、にいさんせんせいだ」

 そう言われると、カルはきょとんとし、それから、はにかみ、けれど、今度はゆっくりと表情からそれを消けして、下を向いた。

 けれと、また、はにかんで顔をあげていった。

「うん、いつか、なりたい」

 なりたい。

 と、カルいった。けれど、その言い方は、なぜか。

 いつか、あいたい。

 なぜか、そんなふうにも聞こえた。

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