ひがしにいる

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 計画したわけではないけど、ずっと、同じ宿に滞在している。ここに宿泊している間、ぐうぜんにも竜払いの依頼が連続でもちこまれたゆえ。

 今朝も、この宿屋に依頼が持ち込まれた。この町の、隣り町の、隣り町でからある。朝から現場へ向かい、竜を追い払い、昼間には宿へ戻って来た。

 どうにも、この宿に泊まっていると、竜払いの依頼が、ぐうぜんにつづく。

 ぐうぜん。

 ぐうぜん、か。

 この大陸では竜が減っているというのに、むしろ、ここでは依頼の頻度が多いような。

 そもそも、この大陸に戻って来てから、他の竜払いと遭遇していない。いや、港で、それらしき人間を三人ほど見かけた。けれど

あれだけの大きさの港なら、もっと、竜払いがいてもよかった。

 いや、いずれにしろ、この大陸の竜の数は少なそうなのは確かだし、住んでいる人もまた少ないのも確かだった。竜も人口も減っている。おれは、この大陸で生まれ、育ったから、その変化はよくわかった。なぜか竜は減り、人々は他の大陸へが流れ出ている。

 むりもない。ここは、さびしい風が絶えず吹き、生気の乏しい草木が生え、むきだしの岩が至る所に転がっているばかりの大陸だった。翳った海ばかりだ。どこへいこうとも、そんな光景に行き当たる。資源さほどない。若い者が、その若さをぞんぶんに使える発展した町もほとんどない。

 いや、おれがいた頃は、まだ、多少あった。

 おれがいた頃、十五歳の頃は。

 いまおれは二十四歳で、九年前である。

 十年前じゃないのが、なんだか、きりが悪い。

 と、ただの主観を頭の中でつぶやきつつ、宿の一階の廊下を歩いていると、向かいから、灰色の髪をした中年の女性がやってきた。小柄で、上品な服装と所作の女性だった。手にはお湯が入っているらしき陶器を手にもっている。

 滞在している間、この宿の中で、よく見かける彼女の客で、彼女もまた、この宿にずっと、泊っているようだった。

 そして、ぐんぜん、宿の中で出会うと、なんとなく、いつも彼女へ会釈をしていた。

 すると、彼女も会釈をかえしてくる。

 会話はしたことはなかった。

 今日も、会釈のみで通り過ぎるつもりだった。ところが、彼女は足をもつれさせ、転倒しそうになる。

 これはいけない、と、思い、おれは「しつれい」と、いって、彼女の身体にふれ、転倒を阻止した。陶器に入ったお湯もこぼさずにすんだ。

「あら、びっくり」彼女は、ささやかな音量でその驚きを言葉した。「ありがとうね」

「いえ」

「ねえ、あなたは、竜払いさんよね」

 そう問われた。

 こうして、いま背中に剣は背負っているし、ここ数日、宿へもちこまれる竜払いの依頼の件で目立っている。素性を隠す方が無理だった。おれは「はい」と、答えた。

「きっと、優秀なのね」

 彼女がそういった。

「これから、お庭の東屋で、お茶をいれて飲むの、一緒に飲みませんか」

 お茶。ああ、そのためのお湯だったのか。

「命の恩人さん」

 と、軽妙な感じで彼女はいった。その軽妙なに感じにやられたといえる。

 そこで彼女とも裏庭へ出た。そこに古い小さな木製の東屋がある。もとは、塗料で白くぬられいたらしい、塗装がはげて、傷んだ木目が露出している。

 おれは背負った剣を置き、彼女と向かいあって座る。午後の世界は晴れていた。ただ晴れているといっても、この大陸の晴れは、どこか、灰色がかっている。

 彼女が上品な所作でお茶をいれる。茶器も彼女の私物で、きれいな陶器だった。

 お茶がおれの前へ差し出される。

「めしあがってください。命の恩に報いるように、いれました」

 おおげさである。けれど、彼女の上品なしゃべり方のせいか、おもしろく感じる。

 お茶を飲む。一口目は、単純な味に思えなかったけど、しだい、口の中に、新鮮な味が広がって、飲み込むときには、なにもよけいなものが残らない。

 飲んで、正面に座る、彼女を見た。この大陸の光のなかで、微笑んでいる。

 母と、おなじくらいの年齢だろうか。

 母が生きていれば、だけど。

 ただ、そう思った。

 

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