あんしんべつ

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 ふと、一息つける時間が訪れた。

 そこで、少し気になったことがあったで、滞在している宿の主人である彼女へ訊ねてみた。

 彼女は二十代後半ほどか、金色のゆたかな髪質をもつひとだった。いつも明るい表情を保ち、にこにこ、と笑っている。歩くときはつねに、ずんずんずん、と活気ある足取りをしていた。

 そして、昼間、宿の裏庭をずんずんずん、と歩いてる彼女を「あの」声をかけ、気になることを聞いてみることにした。

「はいはーい?」

 と、彼女は小首をかしげつつ、こにこに、と笑顔を向けて来た。

「こんにちは」

 まずはあいさつである。

「はい、こんにちは、ヨルさん。なにか、御用ですか?」

「えい、ちょっと、気になったことがあって。教えていただきことが」

「なんでしょうか」

「いま、この大陸では竜が減っていると聞いたんです」

「はい、そうですよ」

 と、にこにこ。

「竜が減っている、にもかかわらず、おれはこの土地に入ってから、ひかく的、立て続けに竜払いの依頼を受けてるんです。それで、あの、もしかして、この土地では、竜は減ってなかったりするん………ですか?」

「え、ああ、そうですねー」

 と、彼女はこちらの問いを受けて、二秒ほど内部で処理してから、いった。

「このあたりでは、竜は」

「はい」

「少ないですけど、多い方ですね」

「少ないけど、多い方」

「はい、このあたりでは」

「このあたり、では」

「はい、このあたりでは」彼女は、にこにこを継続させたままいった。「だいじょうぶ、ですか?」

「ああ、いえ、ありがとうございます、貴重な情報です」

「よかったです。では、しつれい致します」

 そういって、彼女は、にこにこしたまま、ずんずんずん、と歩いていってしまった。

 おれは、その後ろ姿を見送る。

 少ないけど、多い方。どういう意味だ。

 いや、そのままの意味か。この大陸全土の竜の総数は減っているけど、この地域はに限っては竜が多い。

 なぜだ。

 新しい問いが生まれた。けれど、そのいっぽうで、ある意味では、なるほど、とも思えた。この土地だけ変質的に竜が多いなら、ここにいるだけで竜払い依頼が続く理由にもなる。

 そのとき、視線を感じた。ほどなくして、裏庭に少年がやってきた、カルだった。

 十二、三歳くらいである。さいきん、おれを追跡してくる少年だった。そして、さいきん、おれはこの宿に停泊しているので、彼もまたずっとこの宿に泊まっている。

 カルいわく、わけあって、おれを追跡しているらしいが、いまのところ、その理由は聞いていない。いろいろあって、聞く場面を逃している。

「ヨルさん」

 声をかけられ「やあ、カル」と応じた。

「さっき、リンジーさんと話してましたね」

 リンジー。

 ああ、この宿の主人の女性の名前か。そういえば、名前は知らなかった。彼女はリンジーというのか。

 リジリー、か。

 なんとなく、彼女がいってしまった方向を見る。

「リンジーさんは、素敵な人ですね」

 すると、カルが同意を求めて来た。斜め下にある、少年の表情を見下ろす。そこには、どことなく彼女に対する、思い煩いがあるようにも見える。

 で、素敵な人への同意を、どう答えるるべきか、迷っているうちに、カルがいった。

「リンジーさんは、ずっと、にこにこしてます。元気だし、ええっと、つまりその…………太陽っ、太陽です! まるで太陽みたいですよね! ぼく、リンジーさんを見ると、なんだか安心するんです」

 カルは照れることなくそう言い切った。

 おっと、おれが君くらいの年頃には、いまの君のような、さわやかな発言など出来た記憶がないぜ。

 おれの過去はさておき、カルの言う通りだった。

 その後、宿の内外で見かけるリンジーはいつも、にこにこしていた。

 たとえば、宿屋の業務で発生した大量の洗濯物を、ごしごし、洗っているときでも「えいえい!」と、言いつつ、にこにこしていた。さらに、ひどく忙しそうなときに、客から別件の質問を受けたときも「はいはーい」と言い、にこにこし、かつ、はつらつと対応していた。さらにさらに床についた赤い頑固な汚れも「きゅきゅー、きゅー」と、ご機嫌に歌いがら力強く磨いている。あげく、魚をくわえて盗んでゆく猫を追いかけているときでさえ、笑顔だった「にゃんこ、まてまてー」と言いながら、にこにこして走っている。

 彼女を太陽みたい、とカルはいっていた。なるほど、歩く太陽みたいな印象が、彼女にある。

 にしても、はたしてリンジーが笑顔ではないときは、あるのだろうか。

 そんなふうに思っていた頃だった、宿の受付にいるリンジーを目撃した。

 どうやら、いま彼女は宿の今日の売上金を数えているらしい。

 真顔だった。にこにこは、完全に無である。

 それはそれで、おれは、ふしぎと安心した。

 カルとおれは、同じ人で安心というものを得た。ただし、その安心の質は、解離している。

 などと、思っているとリンジーが笑った。

 ほくそ笑みである。

 なんだ、売上がよかったのか。

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