のこされ
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
遠いむかし、とある事業を起こし、あげく、途方もない富を得た男がいた。
いっぽうで、その男は生涯、家族を持たず、事業の後継者がいなかった。ゆえに、彼が築き上げた財産もまた、引き継ぐ者がいなかった。
すると、晩年、彼はすべて財宝を特別な場所に隠し、かつ、それをみつけた出した者に、財宝のすべてゆずること決定した。大きな戯れをはかったのである。
隠したのは、この大陸のどこかにする、とだけ宣言された。その言葉の他に在処を示す、情報は残されていない。
「探し、つかめ」
そう男は言い残し、屋敷の寝室で生涯を終えたという。
男が隠した財宝の価値は、現在の価値にして、現在の最新式の蒸気帆船が、百艘は購入して余るほどの金額だといわれている。
そして、男が財宝を隠したのは、ある山だった。岩がはりつき、まるで岩そのものに見える山だった。この大陸では、よくある形状の山である。彼は山の内部をくりぬき、さらに、迷宮化をつくり、そこへ多種多岐にわたる罠を仕込んだ。高い身体能力だけでは攻略できず、高い知恵のみでも攻略できず、つよい絆を持つ仲間たちであれ攻略できないような迷宮だった。
ただ、ひとつの山を改造するのは、かなり大規模工事であった。
そのため財宝の隠し場所づくりには、膨大な労働力が投じられた。
あまりに大きな工事のため、資材の運搬のため、隠し場所の山まで、しっかりとした道がつくられた。さらに水の確保のため、水路もひかれた。建設に勤める大勢の労働者が滞在するために山の麓には宿泊施設その他もつくられた、そこはもはや、ひとつの町といえる規模だった。
そして、とうぜん、ここで働く者たちは、思っていた。
ああ、あの人、ここに財宝を隠すんだな。
と。
誰もがわかったうえで、工事は粛々とすすめられていった。
やがて、山の中をくり抜いてつくった迷宮は完成した。途方もない費用をかけた工事だ
やがて、隠し場所は完成した。
そして、ちょうど隠そうとした財宝は、この建築費のため、すべて潰えた。
それから、時がながれて、いま現在、財宝隠しづくりのためにつくられた道も水路もまだ現在だった。山の麓には、当時つくられた施設をそのまま流用して、ささやかな発展と、維持がはかられつづけた小さな町もある。
男が財宝を隠そうとして、財宝を使い尽くしてまでつくった迷宮も、未使用の状態で残されている。
その迷宮の入口に、おれはいま立っている。
迷宮の奥底には、むせるような虚無感を感じた。
「あの」
ふと、声をかけられた。
相手は中年の男性である。
台の向こうにいた。
「迷宮観光の入場料金はここでお支払いください、お客さん」
料金表を示し、伝えてくる。
遠いむかし、途方もない財を成した男がいた。
その男が残したのものは、いまやこの町の観光資源である。
「あ、いえ、入りません。見てるだけです」
おれはそう答えて、一礼をした
迷宮は、きらいだし。
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