はっぱながい

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 成人男性のこぶしくらいの大きさの竜が井戸のそばに現れたので、追い払ってほしいという依頼が、おれが滞在する宿へと持ち込まれた。

 依頼主は町から少し離れた場所にあるらしい。

 なんだろう、この大陸は竜の数が少ないのに、二日連続で竜払いの依頼が続いてもちこまれ、やや、奇妙な気分だった。けれど、竜は人間に合わせては現れない。この世界は、人の世界に竜がいるのではなく、竜の世界に人がいるともいえるし、とにかく、竜はこの惑星の好きな場所へ、好きなときに現れる。

 依頼を受け、おれは宿の部屋で、そっと外套をはおり、そっと剣を背負う。靴先を地面でひとたたきした。そして宿の窓から外へ出た。

 午前中、空はやぼったい雲に覆われ、世界は灰色がたっていた。その灰色の世界を歩き、現場へ向かう。

 風のない日だった。あつくも、さむくもない。

 殺伐とした草原を歩き、やがて現場に到着する。すぐに竜を感じた。井戸のそばに竜がいるも視認した。

 小さくとも、相手は竜である、人間にとって、その脅威は高い。

 払う前に依頼主の家へ向かい、扉叩いた。ほどなくして、家の中から依頼主の男性が現れた。五十歳前後くらいで、短くかりこんだ髪は総じて白く、眼鏡をかけている。丁寧に編まれた羊毛の上着を着て、どこか知的さを印象づけるひとである。

「こんにちは、ヨルと申します」おれはあいさつしつつ頭をさげる。「竜払いの依頼を受けました」

「ああ、これはこれは、こんなに早く着ていだだいて、ありがたい、ありがたいでえす」

 と、彼は感謝を述べた。

 知的そうな口調である。その知的そうな彼は、その口に葉っぱを咥えていた。

 茎付きの葉っぱの、茎の先端を唇のそえている。

「庭に竜が現れて、まいってます」

 と、彼が説明した。

 そして、しゃべると彼が口にくわえた葉っぱも同調してゆれた。

 なんか、口に葉っぱを咥えてるな、と、おれは思たけど、口に葉っぱ咥えてるな、とは、思っていないような表情を保ちつつ「竜を払います。家から出ないでください」と、伝えた。

 で、井戸へ向かう。

 竜を追い払った。

 竜は飛んで、殺伐とした草原を越えて行く。

 それから依頼もとへ報告しに家へ戻り、玄関の扉を叩いた。

 扉があくと、ふたたび彼が出てきた。やはり、口に葉っぱを咥えている。

「追い払いました」

「おお、そうですか! よかった!」彼は喜んだ。さらに「ああ、怪我などなされませんでしたか?」と、こちらへ気遣いをする。

 その発言の間も、彼が口に咥えた葉っぱはゆれ続けていた。

「ええ、だいじょうです」

「そうですかよかった―――ああ、これは報酬です」

「どうも」

「よかったら、お茶をお出しします、どうぞ中へ、家の中へお入りになってください」

 彼がお茶へ誘って来た。

「いい葉があるんです、お茶に最適な」

 いい葉。

 そういわれ、おれは彼の口に咥えている葉を見た。

 葉っぱを口に咥えることは、個人の完全なる自由である。

 そして、その人物が言う、いい葉、とは。

 まさか、その口にくわえている葉ではないか。

 いやまて、考え過ぎだ。そんな、まてまて。 

「あなた」

 すると、家の奥から彼と同い年くらいの女性、奧さんだろうか、彼女が顔をみせた。その彼女と一緒に、十歳前後の少女が姿を現す。

「ほら、あなた、玄関なんかで話してないで」女性がいう。「はやく、竜払いさんを中へお通しして、座っていただいて」

 少女の方は母親の後ろに隠れ気味に、もじもじしている。

 そして、ふたりと、口に葉っぱを咥えていた。

 家族総勢で、そうなのか。みな、葉っぱを口にくわえる文化圏なのか、この家庭は。

 もしも、感想を求められたとしたら、きわめて難しい光景である。

「まって、おにいちゃん!」

 そのとき、少女に悲痛な声がした。視線を向けると、家の中から、ひとりの青年が大きな鞄を持って、玄関から出ようとしていた。

 その顔立ちは依頼主の彼に似ており、また、どこか決意に満ちた表情である。

 それから、とうぜんのように口には葉っぱを咥えていた。

「おい、まて! どうしたんだ!」と、依頼主の彼が慌てて問う。

「止めないでとうさん!」青年は凛々しく言い返す。「ぼくは決め! この家を出て、誰にも負けないような学者になる!」

 どうやら、青年は人生の重要な決定をし、この家を出ていこうとしている。

 いま、おれが来ている場面でそれを実行しなくてもいいだろうに。

 いっぽうで、青年は躊躇なき足取りで、玄関まで歩いて来る。

 そして、青年が家の外へ出ようとしたときだった。

「まちなさい」

「止めないで、父さん………」

「止めないさ」

「………父さん?」

「おまえの好きなように生きなさい」

「父さん………」

 見つめ合い、ふたりは玄関で抱き合う。

 玄関にて。すなわち、おれいる至近距離でそれを展開する。母親の方も、目に涙をうかべながら笑顔である。妹も同じような状態だった。

 この場面において、おれという存在が完全不要であることはまちがいない。無関係者の極致だった。

 そして、みんな、ずっと、口に葉っぱを咥えたままで、それらを展開している。

 器用だった。

 やがて、父親は抱きしめていた息子を放し、いった。

「元気で、やってこいよ」

「父さん………」

「いつか、お前の口くわえたその葉っぱに、花を咲かせてこい」

 そのあたりで、おれは「では、帰りますね」と、伝えて、一礼の後、その場を去った。

 なんというか。

 ながい。

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