きたいのけんけん
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
雨は短い間にふって、きっかりとやんだ。
その後、どこで聞きつけたのか、おれが滞在している宿へ竜を追い払って欲しいという依頼がもちこまれた。町の外れに、竜が現れたという。
依頼主は、その町の外れに住む、ともに三十代くらいの夫妻だった。ふたりでやって、状況を説明した。今朝から家畜小屋のそばに竜が現れ、牛たちがひどく怯え、乳でなくなったらしい。
個人での依頼だったため提示された依頼料金はなかなかの安価だった。けれど、おれはこの地に戻ったばかりで、いま他に依頼が来るあてもない。この偶然に感謝し、依頼を引き受けることにした。
とはいえ、竜と遣り合うのは命懸けになる。竜を追い払う、あるいは竜を仕留めるに限らず、竜と遣り合うことは、必ず生命を賭すこととなる。竜の爪はこの惑星のいかなる生物の爪より鋭いし、口から吐かれる炎も脅威だった。その炎は一瞬、あびるくらいなら強烈な衝撃波程ですむものの、三秒以上あびれば焦げてしまう。
雨はやんだし、夜になる前に払おうと決め、外套をはおり、剣を背負った。
そして、宿の裏口からするりと外へ出て、夫婦の案内で現場である町はずれにある依頼主の家へ向かった。
現場に到着する。
そこに竜はいた。夫婦の家から少しれた牛舎のそばいた。
馬くらいの大きさの竜である。家から離れた牛舎の前に鎮座していた。竜の表面が苔むしたような色合いだった。
牛舎からは、牛たちのかなしげな鳴き声がきこえてきて、途絶えない。
おれは、これかから竜を払うので、夫妻へ家から出ないように伝えた。
で、おれは竜に近づく。
鞘から剣を抜く。
竜を払うためのこの剣は竜の骨でつくられているため、剣身が白い。
さらに、この剣は特別に刃を入れていないので、竜は斬れない。いや、野菜だって、まとも斬れない。
竜へ仕掛ける。
追い払った。
竜は翼を広げて、舞い上がる。
遠くの空へと消えていった。
おれは背中の鞘を外し、剣をおさめる。息を大きく吸ってはいた。
で、自身の右足を見た。
竜の炎をくらってしまった。
右の靴が黒焦げである。左の靴は無傷だった。幸い、右足の生身部分もほぼ無事である。
けれど、右足の靴はもう完全に駄目である。ためしに、右足を少しあげてみると、靴は、ぼろっ、と右足から剥がれてしまった。原型を失い、落ちて、土へ還ってゆく。
右足の靴がなくなり、片足立ちである。
鞘へおさめた剣を、背中へ背負い直す。片足でそれをするのは、案外難しい動作だった。
靴は靴として、とりあえず、依頼完了の報告を夫妻にしなければ。いまの場所から夫妻が住む家までは近い。
いっぽうで、さっきふった雨のせいで、地面はぬかるんでいた。黒い水たまりも多数ある。
靴を履いていない右足を、地面につけたくない。
そう思いながら、夫妻の家を見る。
片足だけで飛んで向かうか。けんけんで、夫妻の家まであそこまでいけまいか。
頭のなかで距離を計測する。およそ、十回のけんけんで、夫妻の家までたどりつけるそうである。
依頼完了報告するついでに、靴がかりれないか頼んでみるか。
挑戦である。そう、生命たるもの、挑戦をやめてはならない。
おれは、右足をあげたまま、夫妻の家へ向かって左足で飛んだ。
けん。
おっと、けっこうな飛距離があるぞ、おれのけん。
けん。
けん。
けん。
けん
けん。
いいぞ、五回でかなり近づけた。きっと、あと四回くらいで到着できる。
けん。
けん。
けんけん。
ぱ。
しまった、つい、本能で、ぱ、を両足を。
そして視線を向けると、家の窓から夫妻は寄り添い合い、悲しい顔でこちらろ見ていた。
その悲しみは、おれの挑戦失敗の悲しみなのか、あるいは、ただ純粋に不憫に思われたか。
どっちだね、夫妻よ。
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