あふれたまえ

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 昼食をとるため、立ち寄った酒場の店主へたずねた。

「このあたりで宿はありませんか」

 すると、彼は「おう、うちの店の裏にあるよ」と、こたえた。「ぱっと見はぁ、あれだが、それとひきかえに宿代はやすい」

「なるほど」

「あの宿もねえ」と、店主は腕を組み、遠くを見た。「むかしはさ、うちでしこたま酒をんだ竜払いたちも、よく泊ってたもんでね。もう、わんさか泊り過ぎて、窓からあふれてえ、何人か窓からおっこちてたなあ。そして、その後もうちで飲んでたよ」

 店主よ、その話は宿として高評価の加点にはならないぜ。

 まあいい。宿代も安いので、どちらかとえば、有益な情報ではある。おれは店主へ料理代を支払い、席を立って、剣を背負い直す。

 隣の席にすわっていた少年、カルもこちらの動きに合わせて荷物を背負った。

 なんだか躍起になって、おれの後をずっとついてくる少年である。彼がなぜそこまで躍起になるのか、その根源の理由は聞いていない。

 酒場を出ると、カルもはやりついてきた。こちらが一瞥すると「いえ、おかまいなく」と、いった。

 いや、君がおれにかまっているのだが。

 で、とりあえず歩き出す。酒場の裏にあるという宿屋へ向かった。カルはだまってついてくる。水鳥の雛が親鳥をおいかけるが如く、追ってくる。

 宿はたしかに酒場の裏にあった。二階建てでかなり古い建物である。壁はぼろぼろだけど、宿屋の前の通りはよく掃除されていて、並べされた鉢植えの花は、どれもあざやかに咲いている。

 見上げると、二階の窓は開け放たれていた。どうやら、部屋へ風を通しているらしい。

 眺めながら、店主の話を思い出す。

 かつて、あの窓から、竜払いたちが。

 などと想像していると、二階の窓のひとつからから気配がした。つぎに、女性が姿を現す。

 二十代後半あたりか、金色の長くうねりのきいた、あふれんばかりの髪をもつ女性だった。そして、外界の陽の光を取り込むように開け放った窓から、ぐぐ、と身を乗り出している。あらんかぎりに、こにこに笑っていた。はつらつとし、生命力を感じる人である。

 かつて、竜払いたちがあふれて落ちたかもしれない窓。

 そして、いまその窓からあふれているのは彼女の笑顔か。

 そう思いながら、見上げていると、彼女は「あらっ」といった。下界のこちらに気づく。

 おれは、彼女へかるく会釈した。

「お泊まりですか―――お客さんですか―――」

 彼女はよく通る、光みたいな声で訊ねて来た。

 けれど、窓から身を乗り出し過ぎた。

「にょょ!」

 と、いって、二階の窓から、地上へ身を落としそうになる。

 これはまずい。

 と、思った直後、彼女は「させるかっ!」と、いって、持ち堪え、窓の中へ身体を引き戻した。

 危うところである。

 で。

 隣へ視線を向ける。

 カルは無理な体勢で、両手をまへで突き出さした状態でとまっていた。

 どうやら、落下しそうな彼女を地上へ受け止めようとしたらしい。

 なかなか、気骨がある少年である。

 やがて、カルはおれを見返すと、みるみるうちに顔を赤くして、それから態勢をくじして、その場へこけた。

 

 

 

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