めんとむかい

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 竜が減ったので、竜を追い払って欲しいという依頼の総数も激減した大陸である。

 さらに、人も減ったので、より依頼は減っている。

 と、対面台の向こうで、五十がらみの店主は語った。さらに「まあ、どこいっても同じような話で」と続けた。「竜が減ったので、依頼も少ないんで、竜払いたちもこの町からはだいぶいなくなりました」

 そこは町の酒場だった。

 店内に客の姿はなく、手隙のためか、店主はおれの話し相手をしてくれる気配がある。

 とにかく、広い酒場の空間に、ぽつんと、おれは座っていた。

 いや、おれだけではなく、隣に少年が座っていた。きっと十二、三歳である。

彼の名前は知らない。帽子から髪の毛がふわふわとあふれている。

 ずっと、おれの後をついて来る少年だった。

 おれがこの店へ入ると彼も入ってきた。店には他に客もおらず、席も選びたい放題な状況にもかかわらず、彼は背負った荷物を降ろし、おれの隣へ座った。

 むろん、どこに座ろうが、彼の自由である。

 そして、おれには彼を、かろやかに遠ざけるような画期的な言葉も思いつかない。

 おれは背負っている剣を外しつつ、どうしたものかと考えていると、店主はいった。

「竜払いは減り、ここは、いまや、ただのめし屋ですよ。酒をあまり売れねえっすわ。竜が減って、人が減ったせいさ」店主はそういって、また繰り返した。「ま、この大陸のどこいっても、これと同じような話ばかりで」

 肩をすくめてみせる。

「あ、それで、にいさん、なにを頼むんだ」

 問われて「麺料理があれば、ぜひ」と、答えた。

 すると、隣の少年が「あ、あ、では、ぼくも、同じものをお願いします!」と言い放つ。

「ん、なんだい、この子は、にいさんの弟さんかい」

 と、店主がそう問いかけると、少年は帽子を取り「カルと申します」と、名乗って頭をさげる。髪がゆさっ、と揺れた。

 なぜか、兄弟ではないという否定情報は展開していない。

 それはそうと、カルという名前なのか、彼は。はじめて知った。

 そして、流れでなんとなくだろう店主は「へえ」と、いっておれを見た。「で、にいさんの方、名前は」

「おれはヨルです」

「へぇ、カルとヨルか、似たような名前なんだな、兄弟で。ははっ」

 そして、店主は料理を用意するため店の奥へ向かった。

 席にふたりだけになる。おれは隣を一瞥する。まだまだ幼さが残留する顔立ちこの少年は、カルという名だとわかった。

 名前はわかったものの、ではそれで、どうしよう。

 彼は、おれに手伝ってほしいということがあるらしい。なんでも『竜の謎』がどうとか、こうとか。なかなか単位の大きい謎である。けれど、ここまで必死におれへ食らいついてくるくらいだし、彼なりに大事な話の可能性もある。

 いっぽうで、彼―――カルはこの場でずっと黙っている。料理を待っている、この状態が、話しをする好機ともいるのに黙っている。緊張しているらしい。

 いや、無理もない、十二、三歳の者からすれば、二十歳も後半越えて、剣を背負った竜払いなど、厳つく見えるものである。

 沈黙の並列時間がしばらく流れた後、店主が奥から料理を持ってやってきた。麺料理の入った椀をふたつ運んでくる。椀の上部から、ほかほか、湯気がたっていた。いい香りもする。

 それぞれの椀が、それぞれの前へ置かれた。

 そこで、おれはさぐりさぐりに「あの………カルくん」と、彼を呼んだ。「そこの、カルくん………」

 彼がこちらを見る。

「とりあえず、この食事の間だけ、おれは君の話を聞こう」

 そう話を聞く機会を提示した。

 すると、カルは表情を明るくさせて「あっ、ありがとうございます!」といい、勢いよく頭をさげた。

 で、それから顔をあげた。

 じつに冷静な表情である。

「しかし、いけません、ヨルさん。食事中にお話をするのは集中が散漫になりかねますので」

 おっと、なんか思わぬ伏兵敵な価値観の、ご登場である。




 

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