はしら

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 ひょんなことから、とある家の屋根に現れた竜を払うことになった。

 ひょん、な部分の説明については割愛する。ほんとうに、ひょんなことなので、味のしない話になるし、ただ長引くだけだった。そんな、ていどの、ひょん、である。

 その家はとある町の外れにあった。この地域は長い間、竜に焼かれて滅ぼされていないので、建てられて二百年以上経過した家も多いと聞く。依頼を受けた、その家も歴史がありそうだった。長方形の石作りで、外壁の具合から察するに、かなりの年数を経ていそうだった。

 案内された中庭から外から見上げると、屋根の上には竜がいた。鳥でいう、さぎ、くらいの大きさの竜である。煙突の上にいた。

あれでは、暖炉に火も放てない。

 竜の様子をうかがっていると、家の娘さんである二十代くらいの女性が「あ、あの、で、は、ひとつお願いします………」と、おれへ向かっていった。黄土色に、白の水玉のひとつなぎを着ていた。あでやかな色合いの服装だった。けれど、竜がいるので、彼女の顔は少しこわばっている。

「はい」

 返事をし、おれは剣の柄へ手をかける。

 けれど、少し考えて剣はから手を遠ざけた

 そして、屋根へのぼる。悪戦苦闘と、少々の醜態はありつつも、なんとか竜は払った。

 竜を東の空へ飛んで返す。

 その様子を見送り、屋根から降りると、女性は「うひょ!」と、持ち前なのか、やや、変わった歓喜の声をあげて「さすがですねえ!と、いって、こちらの両手をとり、ぶんぶん、と上下にふった。

 なかなか力強いぶんぶんだった。けっこうな腕力がある。

 などと、心で考察していると、彼女は「ぜひ、お茶を飲んでいってください! 母の入れるお茶はおいしいですから!」と、いって、彼女は先に家の中へ入り、開け放った扉の向こうから、おいでよ、みたいに手を振った。

 おれは家の中へ入りながら、ふと、そういえば、このあたりの竜払いは、どういう仕組みで、竜払いの依頼を受けているのだろうか、と、考えていた。今回の依頼は、ひょんな、ことから受けてしまった。けれど、どこの土地にも、その土地なりの竜払いたちの決まりがあったりする。

 もし、この依頼を、この土地の竜払いたちのしきたりに反した受け方をしてしまっていたら、どうしよう。ひょんなことだったとはいえ。

 それはそれとして、そういえば。

 じつは、このあたりはいま、竜払い不足だと聞いたな。

 どういうことなのか。

 などと、考えながら家の中に入る。すると、彼女の両親が立って出迎えた。どちらもふわふわの白髪あたまだった。人当りのよさそうな顔立ちをしている。

 そして、ふたりとも、それぞれ、手と足を怪我していた。軽傷そうだが、包帯を巻いている。

 両親がそういう状態もあってか、竜の居場所までは娘さんがおれの対応をしたとみえる。

「ありがとうございしました!」と、父親が礼を述べて続けた。「さあ、妻の入れたお茶は、うまいですよ!」

 そういって、お茶が準備されている食台の方を視線で示す。

 食台は家の真ん中あたりにあった。けれど、その真ん中には、とても大きな石の柱ある。この家を支えるのようだった。

 どん、と、そこにある。生活空間を台無しにするほどの存在感で。

 やあ、ぼく、柱だよ。

 という感じの巨大な主張を感じるほどに。

 これでは生活するうえで、かくじつに邪魔になる場所に建っている柱だった。あれでは家の西側に行くたびに、柱を大きくよけて行かなければならないのではないし、部屋も見渡せない。

 そんな、おれの思考を読み取るように父親が「おや、まさか、あの柱のことを、お考えですかな」と、言った。「あの柱はですね、二百年前に、この家が建ったときからあるのですよ。ああ、ここは、わたしの生家なんです。いやぁね、邪魔なんですがね、あの柱、家のど真ん中にあんな柱があって、まあ設計の失敗なんでしょうがね、たんなる」

 やや、変則的な順序で、それを説明してくれた。

 さらに続ける。

「しかし、この家はやたらと頑丈でしてね、当時の職人さんの技術が光ってしまっていて、まあ、頑丈で。そのはんめん、設計の方は、なにも光ってませんがね。それに災害も少ないですから、このあたりは。家を建て直す機会も滅多になんです、大きな竜の厄災も三百年近くありませんしね、いいことなんですがね、まあ、まったくこの家を建て直す機会がないというだけで、ふふ」

 彼は明るく話す。

 見ると、母親の方も、にこにこと微笑んでいる。

 なるほど、この不便な家での生活にも、愛おしさがあるのか。

 そう思っていると、娘さんが器に焼き菓子を乗せてやってきた。「竜払いさん、焼きあがりましたよ!」と、元気よくいって、焼き菓子を食台の上へ並べて置くと「あ、そうだ、お皿があったほうがいいですね、かわいいお皿があるんです!」と、いって、台所へ戻る。

 その際、彼女は邪魔な柱を、がん、と右の拳で殴った。

 それから平然と、ととと、と小走りで台所へ向かう。

 そして、皿を片手に戻って来る。笑顔だった。その笑顔のまま、今度は邪魔な柱を凄まじい勢いで蹴った。

 倒れろよ、この柱めが。

 という怨念が見える蹴りである。きっと、人体なら、骨折である。

「さあ、食べて食べて!」

 彼女は、からっとした青空のような表情で、お茶と焼き菓子を進めて来た。

 どちらも食べるには、最高の状態だった。

 それはそれとして、いまの娘さんの柱への攻撃はいったいなんだろういか。静寂の発狂中なのか、まさか、彼女は。

 なにかしらの手がかりをもとめ、おれは両親の方を見た。ふたりとも微笑んでいた。

 そして、父親はいった。

「わたしにはできなかったが、いつか、あの子がこの家を変えてくれるはずさ」

 怪我した手をさすりながら言う。隣で母親は目に涙を浮かべていた。

 そうか。

 おれは、心の中でそういった。

「それはお客さんが不在のときにやれよ」

 で、そっちは声に出していった。

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