おさめきれないさ
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
先日、剣を拾った。
正確には、拾ったわけではない。けれど、状況説明を総合的かつ、身勝手に省略して語るに、拾ったとはいえる。解釈の枠を最大限にした表現である。
この世界には竜がいる。そして、竜が近くにいると、人は恐い。
ゆえに、竜を払う者、竜払いがいて、竜をどこかへ追い払う。
竜を払うためには特別な剣がいる。鉄の剣で竜を払えば、竜がすごく怒る。けれど、竜の骨で出来た剣で払えば、竜はそこまで怒らないし、炎もそんなには吐かない。いや、炎は吐くは吐くので、払うにしても、危険ではある。
少しまえ、おれが所持していた、竜を払うための剣が折れてしまった。その後、代替えにした短剣も破壊されてしまった。
で、その後、この剣を拾った。
奇妙な剣だった。この剣も竜の骨で出来ているものの、前の持ち主は、この剣で、他の剣を切るという迷惑な趣味に走っていた。そんな彼の趣味の延長線上で、おれも短剣を切られた。
そして、奇妙な剣は、いまおれの手元にある。彼が落としたのを拾った。
その彼はというと、剣を落とし、自身は川へ落ちて流れていってしまった。やっかいそうな剣だったので、おれは拾っておいた。奇妙な剣なので、捨てる場所の難易度も高い。
竜の骨で出来ているので刃は白い。そして、拾った剣は、なぜか光もないのに、いつも、刃の表面が、ぬるぬると蠢くような輝きを放っているように見える。
人気が出なさそうな剣である。
変わった剣だった。この剣がいったい、どういう性質なのかは知らない。ただ、切れ味が異常に鋭かった。どんな固い南瓜だって、すいすいと切れてしまう。
そして、いま最大の問題は、鞘が無いことだった。
彼は、剣は落としたが鞘は落としてくれなかった。そのため、いまは、刃の部分を布でぐるぐる巻きにして持ち歩いている状況だった。この剣の本質がなんであれ、まずは鞘が欲しい。
そこで、とある町へ立ち寄った。大きめの町で、武具関連の店が軒をつらねた通りがあると聞いた。向かってみると、たしかに、その通りはあった。活気がある場所で、どの店も品ぞろえもよさそうだし、ここなら、刃をおさめるに適切な鞘をみつけられそうである。
おれは、すぐ近くにあった武具関連を取りそろえた店へ入った。黄色い帽子をかぶった中年の男性の店主が「おう、いらっしゃい」と、声をかけてきた。
「こんにちは」
あいさつし、おれは外套の下から、刃に布を撒いて剣を取り出す。
「この剣に合う鞘が欲しいのですか」
「鞘? ああ、鞘ならそこだよ」
彼が視線で示す先に、いくつかの鞘が桶へ立ててある。大きさも幅も、ばらばらだった。そこから自由に選んでいい仕組みらしい。
「剣、実際に鞘へおさめてみていいですか、しまえるか、ためしたいので、ここで剣を取り出して」
「え、ああ、勝手にどうぞ」
ぶっきらぼうな口調で許諾してくれた。おれは彼へ一礼し、刃に巻いていた布を、くるくる、手で回して外した。
布がすべてとると、あいかわらず、光も無いのに、ぬらぬらした感じの刃が露わになる。
よし、では。と、目測で適切な大きさの鞘をさがす。
「ぎょぼん!」
とたん、店主が、妙な濁音を出した。見ると、目を大きく開き、口をわなわなさせている。
この剣を見ていた。
「お、お、おっおおん………!」やがて、ぶるぶると全身をふるわせ、両手を伸ばし、少しずつ近づいて来る。「そ、それ、おま………そそそ、そのけ、けけけ、剣ぅ!」
なにか、すごい衝撃を受けているのは伝わって来る。尋常とは思えない様子だった。
「ま、ま、まれ、まれまれれれええっぇお、お、おごおおおおおおおおお!」
とたん、爆ぜるように叫んだ。
どうした、きみ。内蔵のひとつが、破裂でもしたのだろうか。と思える種類の反応だった。
すると、今度は店の扉が討ち入りみたいな勢いで開かれた。「なっ、どうした!」と、近隣の店の人らしき男が入って来た。そして彼もおれの剣を見ると、目をむき「お、おごおおおおおおお! そそそ、まま、ま、まれ、まれえええ!」と、奇声を発す。
どうした、きみも。
足に釘が刺さったくらいの声を放つ。
さらに、その奇声を聞きつけたのか、近隣の店の人らしき女性が「ええええぁうるさいねええ! 始末するよぉお!」と、店の中へ怒鳴り込んで来た。ふたり放った奇声は最大級の近所迷惑だったので、しかたない。けれど、彼女もまた、おれの剣を目にすると「あ、あ、そ、そぽぽぽぽぽぽぽおおけぇえええん!」と、奇声をあげた。
若干、前の二名とは違う感じの奇声だった。けれど、同じ奇声仲間である。
同じ奇声の枠の人々と、定義してよい。
そして、おれは思った。
この店は、嫌だな。
率直な感想を心でつぶやき、とりあえず、奇声の人々へなるべく丁寧に一礼して、素早く店を出た。
すると、三人は追いかけて来た。
「まままっま!」と、奇声を発して追いかけてくる。
もはや、追跡してくる恐怖製造機である。なにが君たちの心にあったのだろうか。それを探り知る作業は手間になるので、追及はしないでおいた。そのいっぽうで、おれはしくじっていた、剣を抜き身のまま外へ出ている。
とたん、路上にいた他の店の人も、おれの剣を目撃し、大きく驚き、奇声をあげた。そして、手を伸ばすようにして、じりじりと近寄って来る。けっか、わなわな、ぶるぶるした人たちに囲まれた。
みんなな、稀代の興奮状態だった。はたして、この剣が、どうして君たちを、なぜそこまで異質に高まらせたのかは知りたい。けれど、立ち止まって、すぐに会話できる雰囲気でもなかった
あきらめよう。
決めて、おれは囲いの隙間を抜けて走った。
竜払いとして持っている、脚力のすべてを駆使して離脱する。
きみたち、そうやって狂ったぐらいで、日々、竜と命のやり取りをしている竜払いの全力疾走に勝てると思うなかれ、と心で吐き捨てつつ。
にしても、この剣を鞘におさめようとして、おさまらない何かを発生しさせてしまった。
でも、まあ、おれのせいではないと思うようにしよう。
うん。
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