ひろったぱんをうるぱんや
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
人は竜が恐い。竜を前にすると、無条件に恐怖を覚える。人が竜への恐怖は、克服することは、きっと不可能だった。いや、人に限らず、竜以外の生命は、竜が恐い。
しかも、竜はどこへでもいるし、現れる。にんげんの領土の都合など竜には通じない。人の世界に竜が住んでいるのではなく、竜の世界に人が住んでいるといえる。
で、竜は自由にどこへでも現れると、人は日常を維持できなくなる。竜が家の庭や屋根に現れれば、夜は眠れなくなるし、農園に現れれば、田畑で作業できなくなる、家畜も怯えてしまう。竜は町の真ん中にだって現れる、すると、町はあっけなく、町としての機能を失う。
そして竜は倒すのが難しい。なにしろ、竜は、たとえば鉄で出来た剣などで攻撃すれば、怒り狂い、そして、他の竜を呼ぶ。それから群れをなして、口から吐く炎でひたすら大陸を焼く。生物、無生物に限らず、焼いて、大陸を平らにする。人は歴史の中で、何度も竜を怒らせた、その度に、大陸は真っ平にされた。焼かれる度に、人の歴史や記録も失われたため、人はさほど遠い歴史の記録を持っていない。はっきり文字に残されていて、最古のものは、あって、三百年前くらいらしい。
竜は人が人を攻撃するためにつくった武器で攻撃すれば、大きな破滅をもたらす。けれど、あるとき人は知った。竜は竜の骨で出来た武器で攻撃すれば、やはり怒るが、群れは呼ばない。しかも、竜はある一定の攻撃を受ければ、飛んで逃げて行く。
竜を倒すのは難しい。
けれど、払うなら、まだ難易度は下がる。
むろん、払いのも命懸けではある。
いや、竜を倒すことも、不可能ではない。竜もまた生命体だし、心臓も動いている。ちなにみ、竜を殺すと、まるで、人を殺したような気にさせられる。
とにかく、竜は人という生命とは、相性の悪い生命というべきか。
まあ、いまは人の近くに竜が現れたときは、その場から追い払うというのが主流の対処方法だった。繰り返しになるけど、竜は倒すより、払った方が安価で済むし。
そして、おれは竜払いである。
ただ、いまは個人的な思想に栄養を与えるための、いや、ようするに、ただの個人旅行をしている。西にある大きな海と、西にある、大きな都市を見に行く旅だった。なにか、未曾有の光景をすれば、心の風通しにもなるだろうし。
ゆえに、竜払いとしては機能していない。旅に出る前に、持っていた竜払いのための剣が折れたし、剣も持っていなかった。
けれど、この前に竜の骨で出来た剣を拾った。
いや、拾った表現が適切ではない気がしないでもないけど、とにかく、いま剣は手元にある。
ただし、これは拾った剣である。竜の骨で出来ているとはいえ、あくまで拾った剣であり、拾った剣を使って、かりに竜を払っていいものだろうか。
そうこれは、すなわち、たとえるなら。
拾った麺麭で、麺麭屋さんを開く。
と同じ意味になるのではないか。
拾った麺麭を、お客さんに販売する、と同じではないか。
そんなことを考えながら真昼の町の中を歩いていた。
すると、そのとき、とつじょ「うわぁ、竜だ! 出たぞ!」と、どこかで驚き声があがった。竜を感じ、視線を向けると町の広場に山羊ほどの大きさの竜がいた。
広場にいた人たちは混乱状態である。
「りゅ、竜払いはいないのかぁ!」と、誰かが叫んだ。「誰か竜払いをよべぇ!」
声をあげて探す。けれど、周囲に竜払いはいないらしい。
おれは前へ出た。
けれど、すぐに、動きを止めた。
いま、手元にあるのは、拾った剣だった。拾った剣で竜を払うこと、それが意味するのは、すなわち。
すると、おれを見た羽振りのよさそうな男性が「おっ、なんだよ、あんた竜払いかい? ええ?」と、声をかけてきた。「あのさ! わしはこの町の町長なんだ、金はわしが払うから! さあ払ってくれ!」
竜払いである。けれど、いまは拾った剣しかもっていない。
その剣で竜を払う、となると。
そう、となると、やはり、それは拾った麵麭で麺麭屋さんを開店することと、同じに。
男性は「ん、どうした、すげぇ難しい顔してるが、あんた」といって、顔をのぞきこで来た。「も、もしかして、すごいやっかいな竜なのか?」
「いえ、麺麭屋」
「ぱん………や………?」
「竜を払うと麺麭屋になってしまうので」
「ん?」
羽振りのよさそうな男性の困惑する顔を見て思った。
いや、おちつきたまえ、おれよ。
もし、目の前に困ったひとがいるなら、選んでいらないことはあるだろ。
ただし、いま目の前にいる困った人を生産したのは、おれである。
というわけで、小さな悩みはあったけど、竜は払った。
そう、拾った剣で。
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